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「ハーフってさ、最近ではタレントが多く出てメジャーになったけど、やっぱ俺が子供の頃はけっこう珍しがられてさ。特に俺は母親の血が濃くて、髪も目もこうだったから浮いてるように見えたらしくて、はぶかれることが多かった」

材料を運びながら淡々と語りだしたことは、課長の知られざる過去だった。

台車の音で聞き逃さないよう、わたしは集中して続きを聞いた。

「しかも最初はアメリカに住んでいたから日本語もしゃれなくて、施設に入りたての頃は職員とも満足に話せなかったんだ。だから気づいた時には友達もいなくて、作る術もわからなくなってて、独りでいるのが一番楽になってた。

ま、ぐいぐいくるのは受け入れたけどね。おかげで女の子には困らなかったけど」

なるほど…人嫌いってそういう意味なのか…って、最後はどうでもいい情報だけど。

「そんなこんなで大学に行って、ひょんなことで知り合ったのが友樹だった。面白みのないこれまでの人生だったけど、大学生活だけはけっこう楽しかったな」

「…そうだったんですか」

「あいつって、あの通り律義で真面目なやつだろ?だからまぁ、あいつがいてくれたからこそ、こんな俺でもこうしてやってこれたのかもな」

なんて笑う課長の瞳は、これまで見せてくれたことのない澄み切った色合いを見せていて、本当に心の底から服部部長を慕っているんだな、って思わせてくれた。

親友だけどお兄ちゃんのような…きっと、家族と言える存在から遠く離れていた課長が手に入れた、かけがえのない存在なんだろう。

胸がきゅっとなる。

けして幸福とは言えない生い立ちを持った課長にそんな人がいてくれたのが、自分のことのようにうれしかった。

じんわりひたっていると、ふと視線を感じてみやった。

課長と目が合った。

「ど、どうしたんですか」

「ん。それにしてもキミ、いつもよりきびきび働いてるなぁと思って楽しくて」

「む。どういう意味ですか?普段のわたしはどんくさいですもんね」

べ、とあっかんべをすると、課長はカラカラと笑った。

「そうじゃないよ。なんだか活き活きしてるって意味だよ」

「活き活きですか?」

まぁ確かに…。

大好きなお料理を扱うのは、普段のデスクワークよりずっと楽しいってのもあるけれど…。

『あなたのさっきの案、すごいいいと思うからぜひ成功してほしいし』

亜依子さんの言葉が、わたしを奮い立たせていた。

この企画を成功させられたら、きっとわたし、大きく成長できる気がする。

一人でいちから考えるのは大変だったけどやっとここまで進めれたし、亜依子さんを始め営業部の人たちともつながりができたのが新鮮でうれしいんだ。

わたしは課長を見上げてにっこり笑った。

「今日の企画、絶対成功させてみせますから」

課長は少し驚いたように目を開いた。そして、

「うん」

とだけうなづいて、ぽんと頭を撫でてくれた。

胸が高鳴ったのとエレベーター到着したのは同時だった。

鍋の汁はエントランスホール近くの給湯室で作ることにしていた。

味は全部で六種類。

出来合いを使えば楽だけど、やっぱりここまできたなら手作りにこだわりたい。

味噌、塩、醤油の定番も、チゲ、トマトの変わり種もぜんぶ手作りにして、最後に作る豆乳は特に力を入れた。

「豆乳鍋って俺はあんまし食べたことがないんだけど、キミの家では定番だったの?」

「はい。おばあちゃんがよく作ってくれました。我が家は鍋と言えば豆乳鍋でした。うちのおばあちゃんは大豆が大好きで、豆腐だって自分で作ってたくらいなんですよ」

と、味見する。

うん、久しぶりで心配だったけど、ちゃんとおばあちゃんの味が出てる。

課長にもためしてもらう。

「どうですか…?」

「ん、美味い!」

「よかったぁ。みんな喜んでくれるといいな」

「大丈夫。これならきっと一番人気だよ」

と言う課長の表情は苦々しい。

「でもちょっと惜しいな。キミの作った料理が他のヤツに食べられるなんて」

…なにをおっしゃいますか。

胸が高鳴った。

豆乳がぐつぐつ沸き立つのにかこつけて、鍋をかき回すのに専念しようとした―――

わ…。

けど、急に動けなくなってしまった。

課長がわたしを後ろから抱き締めてきて―――ううん…!抱き締めるように背後に立って、お玉を持つ手と小皿を持つ手を取ったから。

「キミの味を知られる前に、もう一回、味見させてほしいな…」

そして、操り人形のように小皿に汁をそそいで、もう一度すする。

こくり。

耳のそばで嚥下する音が聞こえて、鳥肌が立つくらい低くて掠れた声が…

「美味しいね」

わたしの耳を刺激した。

もう、頭が真っ白になって…。

こめかみがドキドキ鼓動する音しか聞こえなくて…。

気づいたら課長は離れていた。

「そろそろ手伝いの子たちが来る時間でしょ?俺戻るね」

「あ、はい…!ありがとうございました」

エレベーターまでついて行こうとしたけど、課長は微笑んで首を振った。

「いいよ。準備はまだ残ってるでしょ?」

「あの、本当に、本当にありがとうございました…っ」

「大したことしてないよ。運んで切って味見しただけ」

その時、エントランスホールの方から、女の人の声が聞こえてきた。

「じゃあ楽しみにしてるからね」

課長は階段を昇って帰っていった。

「あ、お肉の業者来たよ」

「亜海ちゃんどこにいるんだろ?連絡だれかしといてー!」

にわかににぎやかになったエントランスホール。

忙しい一日が始まろうとしていた。

君に恋の残業を命ずる

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