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「お隣、よろしい?」
電車で寝ているサラリーマン、私に声をかけてきた。
それは見るに、恐らく60、手前であろう男、ジャケットにサンダル、髭を生やしていた。
「どうぞ」
彼はよっこいしょという感じで腰を下ろした。
気づくと、周りには彼と私しかいなかった。もう夜である。
私はついこの前まで家族がいた。だが、この度重なる残業で家族との触れ合いは減り、
妻から離婚届を出された。
私は泣きたい気持ちであった。私は悪くないのに、働いているだけなのに。
この男はあまり忙しそうには見えなかった。自由そうに見えたのである。
彼の口からはニンニクの香り、酒の匂いが漂っていた。
その匂いもまた、自由を物語っているようであり、私は魅力に感じざるを得なかった。
「アンタ何歳?」
男は急にこちらを見、年齢を聞いた。
少し失礼かもだが、私は別に歳など細かい人でもないし。
「はぁ…43です。」
「そお、辛い時期だねぇ」
「そうですね」
話はそこで途切れた。
男は何か私が疲れ切っていることを察しているかのように、まじまじとこちらを見ている。
吸い込まれそうな、いかにもな目であった。
「あなたは何をされているんですか?」
私から聞いた。
「いえ、何も」
やはり自由。
「いいですね」
「本当にそう思うのかい?」
私は自然と嘘をついていた。
自由な人生など、私は望まないのだ。
それを男は堂々と見抜いた。先ほど私を目から吸い取ったためか、
私の全てを知っている様子である。
「自由なんてのは、辛いことですわい」
「はぁ」
男は外の景色を見た。
あたりはやはり暗かった。所々の街灯が蛍のようであった。
「あの街灯のようにね、人は誰しも、列に沿って、狂いなく正確に生きているんですよ。
私は田舎の何にも整備されていない街灯、誰も照やしない」
男は自分の手を手を強く握りしめ、微笑みながらこう言った。
「お前さんだけでも照らせたらねぇ」
私はその人うちに会社を辞めた。