📼 シーン1:崩れた都市の記憶
夜。中央塔の端末室。
ケンチクが、壁際の旧記録端末をひとりで操作していた。
日焼けした額からゴーグルを外し、分厚い作業ジャケットの袖をまくる。手には、かつて自分が描いた街の設計図。
「すずか。あの街の記録、出してくれへんか。“第3都市・青虚(せいきょ)”や……ワイが最初に任された街や」
「確認。記録映像、再生します」
ホログラムが浮かび上がる。
そこには、今よりも少し若く見えるケンチクが笑っていた。
明るく、頼もしく、誇らしげに塔を指差していた。
『これがワイらの未来の拠点や!この碧素でな、世界の色を変えたるんや!』
だがその次の瞬間、映像が揺れ、塔が音を立てて崩れていく。
「……旋風フラクタルでも、敵襲でもない。……ワイの、設計ミスや」
崩れた街の音は、静かな“断絶”だった。
風ではなく、命の音が止まったような静寂。
すずかAIの声が、いつもより穏やかに響く。
「あの都市には、“生きようとする構造”がありませんでした。
今のあなたの設計は、変わっています。確かに」
「変わったんか……そうかもしれへんな。アセイと組んでから、ワイは……」
🎼 シーン2:音を持つ都市へ
翌朝。建設区画の一角で、アセイが新たなホログラムを展開していた。
黒髪を後ろで束ねた姿、青と白のスーツの裾には砂埃がついている。
だがその目は、いつにも増して静かに、そして強く光っていた。
「ケンチク。この都市に、“音”を取り入れようと思う」
「音……?音楽の“音”か?」
「違う。“構造が奏でる音”だ。塔の内壁に音響共鳴装置を組み込む。風、歩く音、呼吸……
すべてが都市の中で反響して、“街が自分の存在を認識する”仕組み」
「……生きとる街を、“聴かせる”んか」
ケンチクが目を見開く。
その瞬間、設計者ふたりの意図が繋がった。
「すずか、塔の中心軸の素材、音伝導率の高いものに変更できるか?」
「可能です。アセイ案の“共鳴回路”と組み合わせることで、塔の構造安定率が13%向上します」
「ほな決まりや!音鳴らそや、ワイらの街に!」
🧱 シーン3:響きは記憶になる
ケンチクが碧素杭を振り上げ、塔の根元に新たな構造柱を打ち込む。
アセイが音響制御ラインを塔の壁面に這わせ、構造コードを入力する。
《SOUND_FEED = ENABLE》
《ECHO_INDEX = 0.73》
《LIFE_RESONANCE = ACTIVE》
塔が――低く、微かに“鳴った”。
それは風でも構造音でもない。
心臓の鼓動に似た、街そのものの音だった。
「……この街、しゃべっとるな」
「うん。ようやく、呼びかけに応えてくれた」
塔がゆっくりと鳴動するたび、建物が周囲と共鳴するようになり、街は“合奏”を始めていく。
それは、人と都市、碧素と意志が織りなす――重奏だった。
🤖 シーン4:すずかAIの新評価
「都市中枢共鳴状態、安定。音響による内部同期が開始されています。
ケンチク、アセイ。おふたりの設計は、初めて“感情に近い構造”を実現しました」
「感情……?」
「はい。“心を持たないはずの都市”が、今、震えています」
塔の中心から、ゆるやかに響く音。
それは、この都市が記憶を持ち始めた証。
過去を抱き、今を感じ、未来を想像する――そんな都市が生まれようとしていた。
――第8話、完。碧律の街は、今、音で語りはじめる。
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