「……あれ?かか様が、いる」
「ああ、鍾馗《しょうき》気がついたのね?」
「あー!かか様!タマが!タマが、喋ったのですっ!!」
「ええ、知ってるわよ。タマは、喋るの。かか様は、ちょっと忙しいから、黙っておいで」
何かを思い出したように、橘は、古びた葛籠《つづら》を開けて、中身を確認していた。
息子、鍾馗の事など、さらりと交わす橘の姿に、常春と紗奈は顔を見合わせた。
脇で、タマが、唸る。
「うーん、髭モジャ様が言ってました。女は、かか様になったら、変わるのだと。本当ですねー、橘様、凄いです。おなごというものは、深すぎて、タマにはわかりません」
「おなごも、何も、タマには、関係ないでしょう?」
バッサリと、橘に斬られたタマは、その場に、魂が抜けたかのように、へたりこんでしまう。
「タマまで、バッサり行くとは、橘様がいらっしゃってよかった」
「ほんと、兄様、そうですね」
「何を言ってるのですか。ほら、ありましたよ。閉じ込め房《へや》の、錠前。幸い、錆びている感じもないから、使えると思うわ」
橘は、紗奈に、錠前を手渡した。受け取った紗奈は、鍵穴に、かぎを差し込んで、クルリとまわしてみる。
カチャリと、小さく音がして、閉じられていた錠前が、開く。
「あっ!使えます!橘様!」
「よかったわ。それじゃ、鍾馗、閉じ込め房《へや》へ、行って、荷物を運び出してちょうだい。あの部屋には、その昔、御上から拝領した、お軸があるのよ。うっかり忘れてたわ。家宝ですからね、守らないと」
「はい!わかりました!……かか様、なぜか、顔が濡れているのですが……」
「あー、雨にでも、降られたんでしょ。袖で、拭いておきなさいな」
はい、わかりましたと、鍾馗は、何を疑うわけでもなく、顔をふきふき、ドタドタと足音を立てながら、出て行った。
「ああでも、言わないと、あの子、すぐ顔に出てしまうから、紗奈、鍾馗のことは、当てにせず、何かあっても、放っておきなさい。いいわね、自分の身の安全だけを考えるのよ」
橘は、真顔で言う。
「しかし、橘様。鍾馗殿は、橘様のご子息、心配ではないのですか?」
常春が、追うように問った。
「あー、あの子は、男子《おのこ》それに、髭モジャの子どもですからね、大丈夫よ」
「そ、そうですか」
理由になってないような、理由に、常春は、首をひねる。
「それよりも、紗奈、その、錠前、どこに隠すかだわね。新たも、何か、勘づいているかもしれないわ」
「そうですよね、私達といい、髭モジャといい、結局、逃げるように去ったのだから、もしかしたら……」
「あー、お困りですか?じゃあ、タマの、秘密袋を、使いますか?」
橘の切り返しに果てていた、タマが、自分の役目がやって来たとばかりに、何か、嬉しそうな顔を向けてくる。
「秘密袋?」
「はーい!上野様!ここでーす!」
いぶかしむ、紗奈に向かって、タマは、片足を、ひょいと上げた。
「うわっ!!!タマ!!それは、外でっ!!!ここで、続きはやらないでぇーーーー!!」
紗奈の悲痛な叫びと、常春、橘の、固まり具合に、タマは、あー、と、息をつく。
「違いますよーーー!!粗相じゃないです!!ここ、ここに、タマの、秘密袋が、あるんです!」
言われて、三人は、タマの腹部を見てみると──。
足の付け根に、ぽっかりと、穴が空いていた。
「えええーーーーー!!!!」
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