テラーノベル
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片付けたい。
でも片付けられない。
スッキリした空間で暮らしたいのに。
そんな時、目の前に不思議な宝飾店が現れるらしい。
「その人にぴったりのジュエリー」を用意してくれるんだって。
+
「葵先生は彼氏いるの?」
生徒の未来ちゃんが、いきなり質問してきた。
私は大学に通いながら家庭教師のアルバイトをしている。
未来ちゃんは高校二年生。
恋愛の話題で盛り上がる、どこにでもいる年頃の女の子だ。
もっとも私は「何か質問ある?」と、勉強の方の事を聞いたのだが。
「いるよ」
少し戸惑いながら答える。
何しろ、つい二ヶ月前に人生初彼氏ができたところだ。
「どんな人?かっこいい?」
未来ちゃんの質問は止まらない。
「かっこいいよ。すごくかっこいいから次の問題を解こうね」
「えー、もっと聞きたい!」
未来ちゃんが頬を膨らませる。
「『えー』じゃないの、来年は受験でしょ」
ノックの音が聞こえた後、未来ちゃんの母親が入ってきた。
「どう、勉強進んでる?」
「ち、ちゃんとやってるよ!」
未来ちゃんは慌てながら問題に取り掛かり始めた。
「ごめんなさいね、先生。この子、すぐに余計なおしゃべり始めちゃうでしょう」
未来ちゃんの母親が右手を頬に当て、眉を下げながら困った顔で言う。
「いえ。未来ちゃん、飲み込みが早いですよ。成績も上がってきていますし」
「先生のお陰よね、未来ちゃん?」
「私の実力だし!」
再び頬を膨らませる未来ちゃんを見て、私達は吹き出した。
「授業はあと十分くらいで終わりかしら?これ、先生に持って帰って頂こうと思って」
差し出されたのは、綺麗にラッピングされた数個のクッキー。
「わあ、ありがとうございます! 手作りですか?」
「ええ。放課後、二人で作ったんです。……ぜひ彼氏にもお裾分けしてくださいね」
あんたも聞いてたんかい!
今度は二人が顔を合わせてクスクスと笑っている。
でも、本当に仲のいい親子だな。
+
「お帰り」
インテリア用品量販店で買ったミニテーブルの前で、彼氏の大翔があぐらをかいて座っていた。
「もう、来る時は連絡してって言ってるのに!」
「せっかく合鍵くれたからさ、来ちゃった」
大翔は笑顔でキーケースをチャリチャリと鳴らした。
そうだった。
沙里央
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柘榴とAI

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swingout777
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付き合い初めて二ヶ月が経って、私からこの部屋の合鍵を渡したんだったっけ。
「それより、テレビのリモコンどこ?本体でしかチャンネル変えられないから、不便なんだけど」
「えっ、嘘。また、どっかやっちゃった?」
数分後、私はベッドの隙間から床に落ち、埃を被っているリモコンを発見した。
「何度目だよ、リモコン無くすの。机の上も散らかってるし、これじゃ勉強できないだろ」
「勉強はベッドでうつ伏せになってするから問題ないよ」
呆れながら言う大翔に、私は対抗する。
「何の為の机だよ」
大翔は笑いながらそう返した。
「晩飯は?もう食べた?」
「ううん。簡単な物、買ってきた」
私はコンビニの袋を掲げてみせた。
「あ、それとね。バイト先で手作りクッキー貰ったんだ。食べる?」
「食べる!手作り?うまそう!」
袋を開け、取り出したクッキーにかじりつく大翔を見て申し訳ない気持ちになった。
ごめんね、大翔。こんな部屋で。
私だって、本当は片付けたいの。
綺麗な部屋で大翔を出迎えたいし、手料理をたくさん作ってテーブルに並べたい。
でも私、ものすごく片付けが苦手なんだ。
+
私は属に言う「片付けられない女」だ。
実家にいる時から思い当たる節はあったのだが、はっきりと気が付いたのは一人暮らしを始めてから。
進学の為に上京し、一人で家事をこなさないといけなくなってから、だんだん物が増えていった。
これ以上部屋が汚くなってしまったら、さすがの大翔も私の事が嫌になってしまうかもしれない。
どうにかしなければと、ネットで「断捨離」を何度も何度も検索し、改善に努めた。
が、結果は惨敗。
断捨離の基本の「いらない物を一ヶ所に集める」しか出来なかった。
一ヶ所に集めた物を「いる物といらない物に分ける」という作業が、私には理解不能だった。
いる物といらない物の境界線ってどこですか?
断捨離に、因数分解や化学式のような明確な答えはない。
自分の頭と気持ちで判断しなければならないのだろうが、それは無理難題だった。
部屋とクローゼットの中の荷物を一ヶ所に集めて放心状態になっている私を、訪ねてきた大翔が見た時は驚いていた。
「どうしたの、これ?何やってんの?」
荷物の山を眺めながら大翔が聞いてきた。
「見ての通り、断捨離ですが……?」
一点を見つめながら呆然としている私を見て、大翔は呆れてながらも笑っていた。
+
「……今日は泊まっていくの?」
少し頬が赤くなったのが自分でも分かった。
「俺もこれからバイトなんだ。そりゃ、もっと一緒にいたいけど……。ちょっとでも葵の顔を見ときたかっただけ」
大翔が残念そうな顔をしながら、私の口にクッキーを近付ける。
「……じゃあ、仕方ないね」
可愛くアイシングされたクッキーをパクリとかじりながら、私はそう答えた。
+
私達はまだキスしかした事がない。
もちろんお泊まりも、まだ。
そろそろいいかなって思ったから合鍵を渡したのにな……。
まあいいか。
もう遅いし、お風呂に入って寝よう。
替えの着替えとバスタオルをファンシーケースとベッドの上から取り出し、脱衣所へと向かう。
洗面所の扉を開けた瞬間、空気が変わったのが分かった。
「お待ちしておりました、葵様」
そこは洗面所ではなかった。
キラキラとした空間の中で、長身の男性が笑みを浮かべて立っている。
何?夢?
私、あの後すぐに寝ちゃった?
「夢などではありません。ここは宝飾店でございます。あなたの願いを叶える為に、素敵な商品をご用意させて頂きました」
私の願い?商品?
バスタオルの上に乗せていたパンツがバランスを崩し、床にひらりと落ちた。
「わあっ!」
私はそれを急いで拾う。
夢にバスタオルとパンツを持ち込んだ事なんて、今まで一度もなかったのに!
「あなたの願いは『スッキリした空間で過ごしたい』でございますね?」
そうか、きっとこれは『明晰夢』だ。
夢の中で「これは夢だ」って気が付くやつ。
だったら話は早い。
夢に乗っかればいいだけの話だ。
「そうです。私、片付けが苦手で。なかなか綺麗にできなくて」
「葵様の為に、こちらを用意させて頂きました」
そう言って、長身の男性は手の平の上に乗せた小さな箱の蓋を、こちらに開けて見せた。
「ピアス?」
そこには、とても可愛いピアスが一つ入っていた。
「葵様は右耳のロブ、つまり耳たぶに一つ、ピアスを開けておられますね」
そう。大学の入学式の前に思い切って空けたの。
空ける時期が悪くて少しの間膿んじゃったけれど、今はすっかり安定してきている。
「このピアスを着けると、二ヶ月ほどで断捨離ができるようになります」
ピアスを着けるだけで部屋が綺麗になるの?
だって私、片付けられない女だよ?
あ。でも、これ夢だった。
「ご安心ください。葵様がスッキリとした空間で日々暮らせるように祈っております。当店の商品は、きっとあなたのお役に立つ事でしょう」
+
次の瞬間、私はパンツを握りしめたまま洗面所に立っていた。
立ったまま明晰夢を見るとか、疲れ過ぎ。
しかし、すぐにそれが夢ではない事を嫌でも実感させられた。
洗面台の鏡に映る自分の右耳に、さっき見たばかりのピアスが着いていたからだ。
表のピアス本体と裏のキャッチを同時に引っ張るが、一向に取れる気配はない。
「何なの、これ!」
+
結局ピアスが外れれる事はなく、朝を向かえた。
怖くて大翔に電話を掛けたけれど、バイト中で繋がらなかった。
朝になって【昨日の電話、どうしたの?】とLINEが来ていたが、文字だけで伝えきれる自信がなかったので【会った時に話す】と返した。
半泣きで大学へ行き、講義を受けた後、未来ちゃんの家に向かう。
「先生、大丈夫?彼氏と喧嘩した?」
未来ちゃんに言われて、やっと我に返った。
「してないしてない、むしろラブラブ!」
駄目だ私。しっかりしないと!
+
夜になり、自宅のアパートへ戻る。
郵便受けに入っていたDMとピザ屋のチラシをベッドの上に投げ落とし、床に置いてあるビーズクッションに腰を落とした。
その瞬間だった。
「こらあ!そうやってまたすぐベッドに置いて!寝る前にテーブルや床に移動させてる内に雪だるま方式でどんどん荷物が溜まっていくんでしょうが!」
何!!?
右耳のすぐそばで声がした!!?
気のせい?やっぱり私、疲れてる?
部屋の中をキョロキョロと見渡してから十秒ほとが経った。
……うん。大丈夫、何も聞こえない。
「アンタはフンコロガシかっ!」
やっぱり聞こえる!
どこぞのオネェの野太い声が!
私、おかしくなっちゃったの!!?
「おかしくはなってないわよ。アタシはアンタにスッキリとした空間で暮らしてもらう為に遣わされただけ」
スッキリとした空間……。
あの店の男性の言葉を思い出した。
だけど私は非科学的な事は一切信じていない。
病院に行った方がいい?
「不思議な宝飾品の店員に貰ったピアスを着けたら、オネェの声で断捨離しろって声が聞こえた」って。
いや、やっぱりやめておこう。
「んもう!何よ。アンタ、部屋を綺麗にしたいのしたくないの、どっち!?はっきりしなさい!!」
「……ああ、もう!したいです!片付けたいです!」
矢継ぎ早に耳に響くオネェの声に、思わず返事をしてしまった。
「いい返事ね。じゃあ、明日から早速断捨離開始よ!」
+
翌日、私は百均にいた。
文房具エリアに行き、刃の部分が三重になっているハサミを手に取る。
「『シュレッダーバサミ』、これ便利なの。一度使い始めたら、もう病みつき」
へえ。こんなのがあるんだ。
「アンタが片付けられないのは、『脳』の問題が大きく関係しているの」
実はそれはネットで散々調べて、自分でも薄々気が付いていた。
「断捨離の本を買っても、ネットを参考にしても上手くいかないのは、アンタ達みたいな片付けられない人間にとって、内容が『具体的』じゃないからなの」
「そうなんです!」
周りの客の視線が集中する。
しまった。
第三者からは、私一人で喋っているように見えるんだ。
ハンズフリーの振りをして右耳に手を当てながら声のトーンを落とし、会話を続ける。
「いる物といらない物を分けるっていうのが、抽象的でよく分からないんです……」
「アンタみたいなタイプの場合は、プロを家に呼んで的確なアドバイスを受けないと片付けられないわ。まあ脳自体、応用が利きにくいっていうのも理由の一つね。だけど任せなさい!アタシが付いてる限り、断捨離のリバウンドなんかさせないわよ」
+
「こん◯り流と同じで、まずは書類系から断捨離よ!プライバシーが分かる物はシュレッダーハサミで切って、内容を分からないようにしてから捨てるの!」
部屋に戻り、取り合えず部屋の目につく場所にあった分の書類を集めた。
「まだどこからか出てくるでしょうけど、まずは見えるところからよ……あら、どうしたの?」
シュレッダーバサミを持ったまま、私は少し躊躇っていた。
「早くしなさい。 時間を無駄にするんじゃないわよ」
「あの……。これ、取っておいたら駄目ですか?」
「ああん?アンタは高校時代のバイトの給与明細にそんなに未練があるの?」
「いや、頑張って働いて貰った物だから思い入れがあって……」
「じゃあそれ、棺桶に入れてほしい?最期、家族や友達に見送られる時に『今までありがとう、私達の事ずっと見守っててね……』って給与明細をバッサーッと入れられたいかっ!」
「いや、棺桶には入れてほしくないですね……」
「つべこべ言わないっ!そんなに嫌なら写メで残しとけ!さっさと切り刻んじゃいな!」
ひいい!
このオネェ、思ってた以上にスパルタだ!
+
「葵、寝不足なの?もしかして、ついに大翔くんと?」
数日後の講義の後、あくびをしながらキャンパスを歩いていると、友人の理空がニヤニヤしながら聞いてきた。
「違うの、最近いろいろと忙しくて。……大翔とは、まだ」
視線を逸らしながら私は答える。
「大事にされてていいじゃない。 私は夏休み、彼氏と旅行に行くんだ」
ふふっと口元を押さえながら理空が嬉しそうに笑う。
「旅行かあ。いいなあ……」
「葵だって、大翔くんに誘われるかもしれないじゃない」
旅行?お泊まりもまだなのに?
「そういえば葵、夏休みは実家に帰るの?」
理空のふとした問いに、ピクリと反応する。
「……帰る予定はないかな。バイトも減らしたくないし」
もちろん大翔との時間も。
それに、実家に帰っても誰も出迎えてくれる人はいないし。
+
心療内科医だった父は、私が物心が付いた頃には既に浮気を繰り返していた。
外科医だった母は、父と別れようとはしなかった。
母は父に暴力を振るわれていたし、私も何度かぶたれた事がある。
私が保育園に入る頃には、父は家にはほとんど帰って来なくなり、浮気相手と暮らし始めた。
なぜ別れないのか
情?それとも意地?
母にその理由を聞いた事はなかった。
私が全寮制の高校に進学してから、母は外国の病院に勤務する事になったので、今は実家には誰も住んでいない。
+
「葵!」
大翔が遠くから手を降りながら駆け寄ってきた。
「噂をすれば、だね。大翔くんは今から講義?」
「いや、三限からなんだけど、今日バイトだから葵と会っときたくて。……って、俺の噂してたの?」
「いいなぁラブラブ、えっとね……ムゴッ!」
「何でもない!何でもないから大丈夫!」
私は慌てて理空の口を両手で塞いだ。
「じゃあ、ごゆっくり。私、二限目の授業も取ってるから、またね」
そう言って、理空は次の講義のある校舎に歩いていった。
「ごめんな。前に電話してくれたのに出られなくて。何か話したい事があるんだろ?」
そういえば。あの時は混乱していたけれど、今は断捨離とオネェを何とか受け入れている訳で。 ええと、何て言おう。
「あのね。私、断捨離を始めたの」
「へっ?断捨離?」
大翔は目を丸くして私を見ている。
大丈夫、嘘は吐いていない。
「そう。私、片付けが苦手だけど、本当は部屋を綺麗にしたいの。 だから今、頑張って断捨離してるんだ」
次の瞬間、大翔が私の頭をポンポンと撫で、「偉いな、葵は。 苦手な事に向き合おうとするって、すごい事だよ」 と、優しい笑顔でそう言ってくれた。
顔が、かぁっと赤くなる。
「やべっ。時間経つの早っ!そろそろ行かなきゃ。じゃあ、またLINEするから」
スマホで時間を確認した大翔は、慌てながら 校舎の方に走っていった。
手を振りながら、幸せを噛み締める。
「いいわねぇ、若いって」
右耳にダミ声が響く。
余韻がぶち壊しだ。
+
「え、これをフリマアプリに?」
自宅に帰った私は、オネェに聞き返していた。
「そう、それを出品してみなさい!」
私の手の平に乗っているのは、数年前に抽選で当たったアニメキャラクターの缶バッジ。
何気なく応募したら偶然当選しただけで、ずっとクローゼットの中に仕舞ってあった。
「価格は五千円に設定するのよ」
「ご、五千円?」
さすがに高すぎない?
私はこれ、百円でも欲しくないけど。
「つべこべ言わずにやってみな!」
私は言われるがまま、人気のフリマアプリに登録、出品してみた。
「……嘘!」
出品して一分も経たない内に売れた。
「ええ?なんで!?」
「その缶バッジ、他の人も出品してるから検索してみなさい」
検索すると、今売れたばかりの缶バッジと同じ物がいくつか出品され、全て売り切れてきた。
しかも、どれも五千円前後で!
「そのキャラクターの缶バッジはレアで、マニアの間ではわりと高額で取り引きされてるの。販売手数料と配送料が引かれて4325円の収入になるわね。アンタにとって必要のない物でも、誰かにとっては宝物になる事もあるのよ」
缶バッジ一つで一日のバイト代より稼げるなんてすごい。
本当に、誰かのいらない物は、違う誰かの必要な物なんだ!
+
「なんか部屋、綺麗になったね」
久し振りに来た大翔が、部屋を見回しながら言った。
テーブルには、時間を掛けて作った手料理が並んでいる。
「えへへ、そう?」
「うん。床とかベッドに荷物もないし、洗面所の床に錆びたゼムクリップも落ちてないし、料理もうまい!」 あれから、部屋の物も徐々に減ってきた。
『この洋服はここ。このノートはここに入れておきなさい。これはフリマアプリに出品ね!』
物が減ると、心に少しだけ余裕が生まれてきた。
『じゃあ次は掃除を中心にやっていくわよ!まずは水回りからね!』
くすんでいたシンクもピカピカになった。
キッチンが綺麗になると、次は料理がしたくなった。
『人参は……そう、五ミリ間隔に切って。マッシュルームはね……』
具材の切り方や味付け、盛り付けも、全部オネェの言う通りに作ったら、高級レストランのシェフ並みの仕上がりになった。
「頑張ったんだな」
大翔がまた頭を撫でてくれた。
「やればできるんだから!」
得意気な顔を見せる私に、大翔は不意打ちのキスの後、ハグをしてきた。
「なあ、俺達そろそろ……」
大翔が言いかけた時、私のスマホの着信音が鳴った。
部屋に響き渡るマツケンサンバ。
私達は無言で見つめ合ったまま固まってしまった。
「……電話、出る?」
こくりと頷いた私から、大翔が慌てて体を離し、背を向けた。
耳が真っ赤だ。 私はスマホを手繰り寄せる。
画面には、未来ちゃんのお母さんの名前が表示されていた。
何だろう?
来週の授業、日時を変更したいとかかな?
「もしもし?………………え?」
+
「何だって?」
電話を切った私に、大翔が聞いてきた。
「未来ちゃん、家庭教師を付けるのやめたいんだって」
「え?そうなんだ。去年から教えてた子だよね?」
「うん……」
来年は受験なのに、未来ちゃんどうしちゃったんだろう。私の教え方が悪かったのかな?
「まあ、仕方がないよ。俺も家庭教師のバイトした事があるけど、急にやめたいって子も、何人かいたよ」
私の気持ちを察したのか、大翔がそう言った。
「そうなんだ」
向かい合った私達の間に沈黙が流れる。
お互いに、電話に出る前の事を思い出してしまったのだ。
「あ、何かDVDでも借りにいく?確か今キャンペーン中でさ!レンタルカード、どこやったかな!?」
「そ、そうだね!ミッドサマーとか見たいかも!?それとも事故物件!?やっぱり無難に呪怨かな!?」
私も大翔も、空気を変えようと必死だ。
「あ、そうだ」
大翔が、自分の財布の中身を見てニヤリと笑った。
「じゃーん!免許、取りました!」
大翔の右手には、運転免許証が掲げられている。
「ええ?おめでとう!いつの間に教習所に通ってたの?」
「葵を驚かせたくて。何とか時間を作って通ってたんだ。夏休み、レンタカーとか借りてドライブに行こうよ」
「行きたい!でも、安全運転でお願いね」
「了解!」
大翔の運転免許証を見せてもらっている時、私は気が付いた。
裏面に記載されている『私は、脳死後及び心臓停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します』に丸が付けてある
「……大翔、臓器提供するの?」
いつの間にか大翔が真剣な顔に戻っている。
「俺、大学病院でバイトさせてもらってるだろ?移植が必要なのに、ドナーや適合者が見つからなくて亡くなってる人が多いのを改めて知って。いつか誰かの役に立てるならって思ってさ」
「そうなんだ」
少し驚いたけれど、大翔は先の事も、他人の事も、しっかり考えているんだな。
「大翔はいいお医者さんになれるね」
「葵だって。お母さんみたいな立派な外科医になるんだろ?」
そう。その為に私達は毎日必死で勉強に励んでいる。
+
「ちょっとぉ、何でいいところで止めちゃうのよぉ!」
大翔を見送った後に、オネェが言った。
そうだ、こいつもいたっけ。
しばらく初体験は無理そうだ。
そういえば、もうすぐ大翔の誕生日だっけ。
欲しがっていたスニーカーをプレゼントしたら喜ぶだろうな。
フリマアプリでも、同じスニーカーが新品で少しだけ安く売っているけど、私には買えないかも。
ある日、フリマアプリを見ていると、高価なレアなグッズを見つけた。
「これ、子供の頃に買ってた少女漫画の付録に付いてたやつだ!」
しかも、現在は十五万円前後の価格で取り引きされている。
グッズは実家にあるが、十五万円で売れるなら、夜光バスで往復してスニーカーを買ってもお釣りがくる。
実家にはいい思い出がないから、なるべく帰りたくない……。
だけど。
+
次の休日、私はN県にある実家の前にいた。
あれから、なかなか次のアルバイト先が決まらず、すっかり金欠気味になってしまった。
グッズだけ持ってすぐに帰る予定だ。
玄関に鍵を差し込み、中に入る。
「え?」
私は小さな声で呟いた。 玄関に、男物と女物の靴がある。
女物の靴はお母さんの物じゃない。
趣味が全く違う。
二階で物音がする……?
私は静かに、自室へと続く階段を上っていく。
ドアノブに手を掛けた時、中から声が聞こえてきた。
獣のような、汚らわしい声。
恐る恐るドアを開く。
「……何してるの」
知らない女と、私の父親が抱き合っていた。
女と父親は、汚いものを見るような視線を私に向けた。
「何してるのって聞いてるの!!」
誰もいないからって、この家をホテル代わりにしてたっていうの!?
父親が、面倒臭そうに口を開く。
「勝手に入ってくるな。見れば分かるだろう?邪魔をするんじゃない」
「ちょっと先生、この子誰なんですか?」
知らない女が、気だるそうに煙草を吸い始める。
「出てってよ!私は自分の家に、自分の荷物を取りに来たの!出てって!」
「うるさい!出ていくのはお前の方だ!この家の名義は私のものだ!お前らの物は全部捨てた!」
しばらく呆然とした後、慌てて部屋を見渡した。
寮に入るまでずっと使っていた勉強机や棚がない。
私は急いでクローゼットを開けた。
無い。
グッズはもちろん、私が赤ん坊の頃からの写真が貼られたアルバムも、書道コンクールで入賞した時の賞状も。
お母さんが大事に取っておいてくれた、私が母の日に送ったハンカチや似顔絵も。
何も無い。
「何で!?何で勝手に捨てたの!? 大事な物だって分からないの!?ねえ!!」
必死で問いただす私。
「写真?あんな紙切れ、いらないだろ!ハンカチなんてどこにでも売ってるだろ!!……いいか?お前の居場所はここにはない。二度と顔を見せるな、分かったら出ていけ!」
私は泣きながら階段を駆け下り、外に出る為に玄関を開けると、現れたのはあの宝飾店の中だった。
「………あ……、父が……」
涙を拭いながら店の男性に状況を伝えようとする。
「すべて存じ上げております。酷いお父様ですね」
そんな事、昔から分かっている。
「『こんな男、いなくなればいいのに』。先ほど葵様は、そう考えておられましたね」
そう。いなくなればいいんだ。
父の経営する心療内科は流行っていないし、評判も悪い。
【医者の態度が横暴で、行ったら余計に悪化した】という内容の書き込みで、口コミサイトは荒れていた。
こんな奴、生きていたって誰も幸せにはできない。
「ではお父様は、亡くなってからなら、誰かのお役に立てるのでは?」 言っている意味が分からなかった。
生きている時に周りを不幸にし続けた人間が、死んだからって誰かの役に立つ訳がないじゃない。
「それが、あるのよ」
右耳のピアスから声が聞こえてきた。
「オネェ……?」
オネェは構わず続ける。
「移植が必要な患者達に対して、ドナーが不足してるのは知ってるわね?しかも臓器が適合しないと移植ができない。 合法ではとてもじゃないけど間に合わないのよ」
オネェ、なに言ってるの?
「アンタならできるわよね?たくさん勉強して、たくさんシミュレーションしてたんだから」
シミュレーションって、何のだっけ……?
「『誰かのいらないものは、誰かにとっては必要なもの』。私、教えたわよね?」
……そうだ。教わった。
何の役にも立たないと思っていたものが、誰かにとっては必要なものなんだって。
いつの間にか、そこは真っ白な空間になっていた。
どこを探しても出口がない。
店の男性もいなくなっている。
「部屋の真ん中を見てみなさい」
振り返ると、父がベッドの上に仰向けに寝かされていた。
手足は拘束され、口には猿轡が嵌められている。
ベッドの周りには、見覚えのある器具がたくさん並んでいた。
メスやクーペ。
以前に見学した、大学病院の手術室を思い出した。
「アンタなら大丈夫。私の言う通りに進めればいい。 できるわね?」
私は頷きながら、父の横たわっている手術台にゆっくりと近付いていく。
父は目に涙を溜め、必死に何かを訴えている。
いつの間にか手術衣に着替えていた私は、とても冷静だった。
「……では、オペを始めます」
右耳から聞こえた声を合図に、私はメスを握った。
++
「じゃあ行ってきます!」
制服に着替えた里中未来は、学生鞄を持ち、玄関の扉を開けた。
「未来、お弁当忘れてるわよ!」
里中佳菜は、小さな風呂敷で包まれた弁当箱を、鞄の隙間に押し込んだ。
「ちょっとー、やめてよ。片寄るって!」
「水平に入れたから大丈夫よ。さあ、行ってらっしゃい!」
ぶつぶつと文句を言いながら扉を閉める未来の後ろ姿を、佳菜はいとおしそうに見つめていた
「あんな小さな弁当箱で足りるのかい?」
リビングから夫の信也の声がした。
食後の珈琲を飲む手を止め、心配そうな顔をしている。
「途中でお菓子とかを買って、休み時間に友達とつまみ食いしてるのよ。だから大丈夫!」
「そうなのかい?……でも、元気になって良かった。復学して一ヶ月、未来は楽しそうにやってるみたいだな」
「ええ本当に」
+
まさか自分達の娘が、臓器移植が必要な病に侵されるなんて思ってもいなかった。
日本ではなかなかドナーが見付からなかったので、海外での移植を希望する事にした。
海外で見つかった二人目のドナーも、未来の身体に臓器が適合しないと分かった時は絶望した。
しかし、奇跡は起こった。
三人目のドナーの臓器が、未来の身体に適合する事が判明し、すぐに移植手術が行われたのだ。
移植後の未来の回復は早く、医者も驚くほどだった。
ドナーが誰なのか、知らされる事はない。
直接伝える事は出来ないが、未来の命を救ってくれた人には心から感謝している。
「……でも、残念だったな。ほら、うちに来てくれてた家庭教師の子」
信也は難しい顔をして口を開いた。
「……そうね。未来は病気が治ったら、また葵先生に勉強を見てもらいたいって言ってたのに。まさか、あんな事になるなんて……」
佳菜は昨年、報道番組やワイドショーで散々取り上げられていた事件を思い出していた。
+
20××年、×月×日午後三時頃、都内アパートの一室で、N県在住、医師の四十代男性の遺体が発見され、被害者の娘である十九歳の少女が逮捕された。
交際相手の男性が少女の自宅を訪れた際、血塗れの男性と、その傍らで放心状態で座り込んでいる少女を見つけた。
その後、少女は交際相手に連れられ近くの交番へ出頭。
四十代男性は臓器の一部を抜き取られた状態で、少女は「自分がやった」と容疑を認めている。
取り出された臓器は未だに見付かっていない。
しかし被害者の男性は、事件当日にN県の自身が経営する医院で午前中から診察を行っていた。
午後一時頃に受け付けの女性と共に医院を後にする姿が、近くの防犯カメラに写っていた。
数百キロも離れたN県から、どうやって都内に移動したのかは不明。
物理的に証明する事ができず、捜査は困難を極めている。
インターネット上では犯人が特定され、令和の猟奇的殺人犯として、椎名葵の名前は日本中に知れ渡る事になる。
+
「紅茶なんて何年振りかしら。こんなに美味しいものだったのね。人生、損してたわ」
そう言いながら再びカップの縁に口を付ける。
宝飾店のアンティーク調の椅子に、菅原由美子が腰掛けていた。
「お褒めにあずかり光栄です。……未来様の移植手術、成功だったようですね」
「ええ」
由美子は、カップの中に残った紅茶を静かに見つめた。
+
十六年前、由美子が医大生だった頃に、葵の父親と不倫をしていた。
同棲もしていたが一年も経たずに破局。
その後、妊娠が発覚、出産。
大学も中退した。
一人で育てる事に限界が来てしまった由美子は、未来を施設に預ける決断をした。
しばらくして未来の里親が決まり、引き取られる事になった。
娘の幸せを案じながら日々を過ごしてきたが、数ヶ月前に不思議な宝飾店が目の前に現れた。
実の娘……未来に、この先ドナーが必要になると聞かされた時は、到底信じられなかった。
しかし由美子は男の言葉を信じた。
+
「未来様は無事、回復に向かっておられます。自身が違法な移植手術を受けた事は、未来様やご両親はもちろん、お医者様すらご存知ありません。真実を知っておられるのは菅原様、あなただけです」
「……葵は何も知らないのね」
「葵様が正気に戻られた時には、すでに通常の精神状態ではありませんでしたからね」
「……そう……」
「未来様のご両親は、未来様が五歳の時に、自分達の養子だという事を伝えられているようです」
「真実を聞かされて、人には言えない葛藤もあったかもしれないけれど、あの子はそれを受け入れて明るく暮らしてる。あの子が私に会いたくないのなら、それでいい。ただ、幸せになってほしいだけ」
「母親とは、とても強いものでございますね。……しかし、葵様の摘出手術は見事なものでございました」
由美子がカップをソーサーに置いた。
中身がまだ少し残ったままだ。
「思い出させないでちょうだい。あの子には何の罪もなかったはずなのに……」
「それでも私の提案を受け入れてくださりましたね」
店の男性が静かな笑みを浮かべる。
「葵に少しだけ、情が沸いてたわ。あの男の娘だからって、憎いと思った事も一度もない。ただ、実の娘と天秤に掛けたら……」
由美子は再びカップを手に取り、紅茶をくいっと飲み干した。
「お代わりはいかがですか?」
店の男性がティーポットを持ち、カップに注ぐ準備を始めた。
「もういいわ。一杯だからいいのよ。何杯も飲んだら欲が出ちゃうでしょ」
店の男性が目を伏せ、ティーポットを元の位置に戻した。
「未来様は、病気が再発する事はありません。ご両親やご友人に支えられ、充実した日々を送られる事でしょう。菅原様も、どうかお幸せに……」
次の瞬間、由美子は自宅アパートの一室にいた。
すっかり暗くなり、街灯も少ない窓の外。
月だけが眩しい。
「誰がオネェだ」 目頭を押さえながら、由美子は呟いた。
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店の奥にある薄暗い部屋の椅子に、男性が座っている。
「……おや?これは失礼。新しいジュエリーのデザインを考えていました」
男性は振り返った後にゆっくりと立ち上がり、右手を胸に軽く当てながら話し始めた。
「『スッキリした空間で暮らしたい』 葵様の願いも、お約束通り叶えさせて頂きました。しかし、刑務所の中は想像以上にスッキリしすぎていて何かと物足りないのでは?人からの意見やアドバイスは、聞き入れると自身の為になる場合もありますが、限度を超えると『洗脳』になってしまいますのでご注意を。……菅原様の話になりますが、『子供の為なら鬼にもなれる』とはこの事かもしれませんね。お子様がおられる皆様は、ご自身が鬼になる覚悟はお持ちでしょうか?」
コメント
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うわ…読み終わって言葉が出ないよ。最初は葵ちゃんの部屋の片付けに悩む姿とか、大翔との甘いやり取りとか、すごく共感できる日常から始まったのに…後半の展開が重すぎる。父親のDV描写も辛かったけど、まさかオネェの正体があそこに繋がるとは思わなかった。未来ちゃんの命を救うために、誰かが犠牲になる…という構造が切なすぎる。でも沙里央さんの描く人間関係の描写はめちゃくちゃリアルで、引き込まれたよ…!続きが気になるけど、心の準備が必要だわ。