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「くうぅ~っ! あのニィちゃん、いい根性してるじゃねぇか。気に入ったぜ!」
スクリーンを見上げ、絵梨奈は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうか、それは良かったな――でも佐野には、お前をお姫さま抱っこしてベットまで運べるほどの腕力は無いと思うぞ」
「まぁ、|飛び付き両足巴投げ《モンキーフリップ》で、ベットまで投げ飛ばす事は出来そうですけど」
「じゃかましいっ!!」
そんな冗談を言いながらも、佳華と詩織の表情は険しく曇っていた。
「とはいえ、あのケガだ……佐野は一気に勝負を決めにかかるだろうな」
「しかし、あの栗原を一気に仕留められる技なんて、あの男の娘は持っているのですか?」
正直、かぐやから一発でピンホールを奪えるとすれば、佳華のバンブーハンマーや絵梨奈の鉄腕ラリアットクラスの大技が必要だろう。
詩織には、小柄な体躯の佐野にそんな大技が有るとは思えなかった。
「有るには有るが……あの足で撃てるかどうか……」
気休め程度にキズ口へ巻かれた朱色のスカーフはドス黒く変色し、溢れる血はシューズを伝ってリングを赤く染めている。
「それと、かぐやのバックを取れるかどうかだな。当然、かぐやもその技は警戒しているだろうし、簡単にはバックを取らせないだろう――って、オイオイッ!?」
スクリーンに映る二人の攻防に、佳華は驚きの声を上げた。そこに映っていたのは、佐野が一瞬の隙を突いてかぐやの頭を脇へ抱えるようにサイドのヘッドロックを掛けている姿。
このヘッドロックの外し方は、大まかに分けて二通り。強引に頭を抜きながら相手をロープに振るか、その体勢のままバックドロップで投げ捨てるかだ。
佳華の目には、佐野のヘッドロックは次への攻撃――
バックを取る為の布石で有ること明らかだったし、それは当然かぐやも分かっていると思っていた。
しかし、かぐやの取った行動は――
『栗原っ! ヘッドロックを掛けられたまま、素早く佐野の腰に腕を回してバックドロップで切り返すっ!』
「迂闊だな、かぐや。こんな見え見えの手に引っ掛かるとは……佐野のケガに動揺してるのか?」
ケガをしているとはいえ、足の感覚が戻っているのならば――
『あぁぁーっと! 佐野っ! 投げられながら、空中で|体《たい》を入れ替えたーっ!』
かぐやの背後に回る佐野。着地の瞬間、苦痛に顔を歪めたが、それでもすぐにバックからかぐやの両腕を取りに行く。
『佐野っ! 素早く栗原の腕をチキンウィングに取った! これは、|猛虎原爆固め《タイガースープレックス》(*01)の体勢だぁーっ!』
佐野の鮮やかな切り返しに沸く観客席。それとは対照的に、絵梨奈と詩織は怪訝そうに眉をしかめていた。
「オイオイ、『かぐやを一発で――』って、タイガースープレックスかよ?」
「確かにタイガースープレックスは大技ですし、男の娘の投げ技は重くてスピードもあります……しかし、この一発だけで栗原からピンが奪れるとは――」
「確かに一発だけならな――」
佳華はニヤリと笑いながら、スクリーンを見上げている。
『栗原、懸命に堪えるっ! その栗原の身体を引き抜こうと、前後に揺さぶりを掛ける佐野っ!』
「かぐやのフィニッシュムーヴ、ダブルタイガーかぐやスペシャル――元々は佐野の考えた技なんだが、不思議に思った事はないか? なんで、かぐやスペシャルなのか?」
「えっ?」
「ダブルタイガーってのは、落下角度の違うタイガードライバーの二連発。なら、かぐやスペシャルじゃなくてドライバー、もしくはボムでいいだろう? なのに、なんでスペシャルなのか……?」
「そ、それは……」
佳華の問に言葉を詰まらせる詩織。
『佐野っ! 栗原の身体を強引に引っこ抜いたーっ! タイガースーーープレックスーーッ!! 佐野の身体が綺麗な人間橋を描くぅぅぅーっ!! そのままフォールの体勢にっ、は、入らないっ!?』
「本来あの技は、ダブルタイガーじゃなくて、トリプルタイガーなんだよ」
「ト、トリプルタイガーって……?」
「そう、タイガースープレックスから垂直落下のタイガードライバー91。そしてタイガードライバーホールドの三連発――トリプルタイガースペシャルだ」
「…………」
「…………」
あり得ないモノを見るように、スクリーンを見上げる絵梨奈と詩織。
佐野は両腕を極めているクラッチを切らず、頭を支点にしてのブリッジから、かぐやの身体を越えるようにローリング。そしてグッタリとするかぐやの身体を引き起こしながら、リバースフルネルソンに移行した。
『こ、これはっ!? タイガースープレックスから即座にタイガードライバーの体勢に移行っ!? まさかここからっ!?』
「かぐやは結構不器用なところがあるからなぁ。何度練習してもクラッチを切らずにローリングで起き上がる事が出来なくてな。それで仕方なくダブルタイガーに省略したんだよ」
「イヤイヤイヤイヤッ! かぐやが不器用なんじゃなくて、あのニィちゃんが器用過ぎるんだよっ!」
絵梨奈のツッコミと同時に、館内が一気に湧き上がる。
『で、出たぁぁぁーっ!! タイガードライバーーッ!! しかも垂直落下式のタイガードライバー91だーっ! し、しかも佐野っ! まだ、クラッチを切らないっ! まかさもう一発行くのかーっ!?』
先ほど、かぐやが放ったダブルタイガーの焼き直しでも見ているかのように、佐野は垂直落下式タイガードライバーから腕のロックを切らず、もう一度かぐやの身体を引き起こした。
『キターーッ! タイガースープレックスから|掟破《おきてやぶ》りのダブルタイガーッ! いや、これはもうトリプルタイガーだーーっ!!』
「おおっ! さすが明菜さんだ。打ち合わせもナシに、コッチの技名を察してくれた」
ア然とする絵梨奈と詩織に対して、無邪気に笑う佳華。しかし次の瞬間、その笑顔が凍り付く。
『なっ! ちよっ! あぶぁなーーいっ!?』
フィニッシュのタイガードライバーホールドに行った佐野の身体がかぐやを持ち上げた瞬間、あらぬ方向へグラついた。突然バランスを失い、受け身も取れずに後方へ倒れる佐野。
そして空中へ投げ出されたかぐやは、不自然な体勢で頭からリングへと落下した。
「くっ! 血で足を滑らせたか……」
足を抑えて仰向けに倒れる佐野と、グッタリとうつ伏せに倒れるかぐや。レフリーの智子が両者の状態を確認する。
「栗原――変な落ち方をしましたね。大丈夫でしょうか?」
「わからん……」
二人の意識を確認していた智子が、佐野にフォールをするよう促している。多分、かぐやの意識はハッキリしていないのだろう。
佐野は這いずるようにかぐやに近付くと、身体を仰向けにひっくり返してから、その上に覆い被さった。
『佐野、フォールの体勢っ! ワンッ! ツーッ! オオォォーーッ! 栗原ッ! カウントツーでかろうじて右手を上げた!』
「かろうじて、意識はあるみたいですね」
「ああ……ただ、かなり朦朧とした感じだな。それより気になるのは、さっきの変な落ち方だ。もしかしたら……」
(*01)タイガースープレックス
和名、猛虎原爆固め。ジャーマンスープレックスの派生技で、相手の腕を背後から閂|(ダブル・チキンウィング)のような形に極め、そのまま投げる。
投げられた相手は両腕を固定されているため、受身が取れず、大きなダメージとなる。