そして次の週、この日は俊の引っ越しだった。
東京のマンションは分譲だったので、俊が出た後はリフォームして貸し出す事にした。
手放しても良かったのだが、東京の地価はもう少し上がるだろうと思っていた俊は良い地合いが来るまで待つ事にした。
引越し業者が朝から出入りして漸く全ての荷物が運び出された。
しかし今回は荷物をかなり減らしたので、思ったよりも荷物の運び出しがスムーズにいった。
そして俊は引っ越し業者のトラックよりも一足先に鎌倉の自宅へと向かった。
まるで遠足に行く子供のように胸がワクワクする。
これから毎日鎌倉で生活するのかと思うと嬉しくて仕方がない。
海や山等の自然を身近に感じながらの生活はずっと憧れだった。
それがいよいよ実現する。
しかし俊がワクワクしているのはその他にも理由がある。
今日から雪子の近くで生活出来るのだ。
ちょっと歩けばすぐの場所に彼女の家はあるのだ。
俊は逸る気持ちを抑えながらアクセルを踏み込むと、軽快に高速道路を走り抜けた。
俊の引っ越しが無事に終わり少し落ち着いた頃、雪子はいつものようにスーパーの仕事をしていた。
午前中の仕事を終えて休憩に入ると、俊からメッセージが来ている事に気付く。
【次の休みはいつ? もしよかったらその日にモーニングでもどう?】
雪子はびっくりしてしばらくそのメッセージを見つめていた。
すると一緒に休憩に入っていたバイトの山本が、
「雪子さん、どうしたんですか?」
スマホを見て固まったままの雪子に気づき声をかけた。
「あ、ううん、なんでもないわ」
雪子は慌ててそう言うと、持って来た弁当を食べ始める。
卵焼きを一口食べてモグモグしながら考える。
【モーニングっていう事は、どこかのカフェにでも行くのかしら?】
雪子はそう思いながら、久しくモーニングに行っていない事に気づいた。
和真がまだ小さかった頃、夏休みに父を連れて3人で旅行へ行く時には途中モーニングと食べてから目的地へ向かった。
デパート勤務時代も、和真が修学旅行や大学の研修旅行でいない時に、出勤前にカフェに寄る事もあった。
しかしかなり昔の事だ。
『ランチ』でも『ディナー』でもなく『モーニング』という響きに興味を引かれた雪子は、思い切って誘いを受けてみる事にした。
【こんにちは。今昼の休憩中です。休みは基本、月曜日と木曜日、それに土日のどちらか一日という感じです。一ノ瀬さんが都合の良い日があれば、よろしくお願いします】
するとメッセージはすぐに既読になり返事が来た。
【お疲れ様! じゃあ木曜日の朝9時に家の前まで行きます。歩いて行きましょう】
雪子は承知しましたと返信すると、残りの弁当を食べ始めた。
そして木曜日の朝が来た。
雪子は一通りの家事を終わらせると、出かける準備をする。
歩いて行くと言う事は、きっとこの辺りの店だろう。
だったらそれほどお洒落はしなくてもいい。
それに今日は歩きなので、雪子はジーンズで行く事にした。
上は白のカットソー、そしてその上にザックリ編まれたベージュのロングカーディガンを羽織った。
歩くと身体が暖まるからこのくらいでちょうどいいだろう。
約束の時間が近づいて来たので、雪子は戸締りを確認してから玄関を出た。
すると、ちょうど隣の飯村夫人が門の前を掃除していた。
雪子は一瞬「どうしよう!」と思う。
今から俊が迎えに来るので、飯村夫人に見られてしまうかもしれない。
しかしもう一度家に入るのもおかしいと思い、諦めたように飯村夫人に声をかけた。
「おはようございます」
「あら、雪子ちゃんおはよう! 今日もいい天気ね」
「はい、カラッとした気持ちの良い朝ですね」
「ほん爽やかな秋晴れねぇ。そういえばお父様の遺品整理は終わった?」
「はい、だいぶ片付きました。一部屋片付くと他の部屋も気になっちゃって、なんだか家中の片付けを始めちゃっています」
雪子はそう言って笑った。
「そうなのよ、私もそうだったわ! なんか遺品整理って心の整理にもなるのよね。始めた時は夫が愛用していた物を見る度に悲しくなったり切なくなったりしてね…….でその後今度は、なんでこんなに物をいっぱい溜め込んでいるのよーっていう怒りに変わって…で、最後はスッキリみたいな? そうじゃなかった?」
「はい、確かに。あれだけ躊躇していたのが今ではポイポイ捨てられるようになりました」
「それは良かったわ。そうやって心の整理がつけば次へ進めるのよ。あなたはまだ若いんだからこれから人生をもっと楽しまななくちゃ」
「はい」
いつもこうして励ましてくれる飯村夫人に雪子は感謝の気持ちでいっぱいになる。
その時声が聞こえた。
「おはようございます」
声をかけたのは俊だった。
箒を手にしていた飯村夫人は振り返ると驚いていた。
そこにはこの前古本を持って行った男性が立っていたからだ。
「おはようございます」
雪子が挨拶を返すと、俊は雪子の隣にいる飯村夫人に気付いた。
「先日はご親切にありがとうございました」
「あらっ、いえ、またお会いしたからびっくりしたわ。お散歩ですか?」
「いえ、今日は雪子さんとモーニングにでも行こうかと…」
飯村夫人は驚いた顔で雪子を見た。
すると雪子が頬を赤く染めていたので、ニッコリと微笑む。
「あら、二人はお友達になったのね!」
「はい」
俊が爽やかな笑顔で答える。
「行ってらっしゃい! 楽しんで来てね」
「ありがとうございます。じゃあ行こうか?」
「はい」
俊と雪子は飯村に軽く会釈すると、肩を並べて歩いて行った。
飯村夫人は二人の後ろ姿をニコニコと見つめながら、
「慶太さんの本が2人を繋いだのね」
そう呟くと、嬉しそうな足取りで家の中へ戻って行った。
コメント
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飯村夫人驚いたでしょねぇ🤭
すぐ既読で返信って🤭俊さん画面開いたまんま待ってたのかしら(≧∇≦)フフフ また一歩近付いた2人🩷🩵今日のモーニングはどんな話をするのかな♪*+
俊さんの引っ越しが完了しましたね〜🎶 海🌊とサーフィン🏄と友達と何より雪子さんの近くに住める幸せ😊💕 そしてすぐに雪子さんにモーニング☕️のお誘い♪ どんだけ嬉しいんだか😊 飯村夫人も2人を見守ってれる眼差しが優しくて嬉しい🥰🎊