翌朝岳大はゴミを持って集積所へ向かった。
集積所はテラスハウスの敷地を出て道路を5メートル程行った場所にある。
岳大が道路に出ると左の突き当たりの空き地に車が一台停まっていた。見た事のない車で『練馬』ナンバーだ。
この道は行き止まりになっているので住人以外の車はほとんど見かけない。だから岳大は少し不審に思った。
とりあえずゴミを集積所に置くとちらりと車を一瞥する。中には男性が乗っていたが顔を背けているので表情までは見えない。
岳大はそのまま家に戻った。玄関を入ろうとした時隣家のドアが開いた。
隣は木崎という30代の若夫婦が住んでいる。前に優羽が会った女性は木崎の妻だ。
そして今出てきたのは夫の方だ。
「おはようございます」
岳大が挨拶をすると木崎も笑顔で挨拶を返した。
「おはようございます。今日も冷えますねー」
「木崎さん、いつもご迷惑をおかけしてすみません。自宅を仕事場にしているのでどうしても人の出入りが多くてうるさいでしょう? 本当に申し訳ないです」
「いえいえ、このアパートは割と造りがしっかりしているので全く気にならないですよ。それにうちの方こそ夜勤があったり時間が不規則な仕事なのでバタバタしてしまってすみません」
「いや、うちも全く気にならないのでお気になさらずに」
木崎は岳大が有名な写真家だと知っていた。木崎の趣味は写真だったので岳大の事はカメラ雑誌などで見かけて知っていた。
岳大が引越しの挨拶に行った時は夫婦揃って家にいたので夫の木崎にも挨拶をする事が出来た。その時木崎は岳大を見てかなり驚いていた。その時は「隣に有名写真家が引っ越してくるなんて感激です!」と嬉しそうに言ってくれた。
木崎も今からゴミを捨てに行くところだったようで右手にはゴミ袋を持っていた。
岳大と挨拶を終えて一歩足を踏み出したその時木崎が呟いた。
「あれ? あの車また停まっているなぁ」
木崎は先程岳大が不審に思った車の方を見て怪訝な顔をする。
「あまり見ない車ですよね?」
「いや、前にも停まっていたんですよ。それも何度も。日によっては車種が違うんです。この辺りは住人以外の車はあまり見ないじゃないですか? だからすごく違和感ありありですよね」
木崎は大きくため息をつくと続けた。
「ちょっと声をかけてみます」
木崎はゴミ袋を片手に車の方へ向かった。
岳大は気になり様子を見ていた。木崎は先にゴミを捨ててから臆する事なく車へ近づいて行った。
すると車は急にエンジンをかけると木崎が近付く前に急発進した。そしてあっという間に道路を走り去って行った。
車が急発進した際木崎はポケットに入っていた携帯を素早く取り出すと車を写真に撮る。その咄嗟の行動は手慣れた雰囲気だった。
玄関まで戻って来た木崎は岳大に言った。
「明らかに不審な車でしたね。こんな朝早くから何だろう?」
木崎は携帯で撮った写真のナンバーを拡大して岳大に見せた。
後ろから撮った写真なので車内の人物は写っていなかったがナンバープレートはしっかり写っていた。
「練馬ナンバーですね。東京からか、なんだろうな? まあ調べればすぐにわかりますが」
「えっ? わかるんですか?」
「あ、はい。実は僕警察官なんですよ。あ、ちなみにうちの奥さんも。夫婦で大町東署に勤めています」
木崎がそう言って笑ったので岳大は驚く。
「そうでしたか! いやーそれは頼もしいなぁ」
「ちなみに佐伯さんは今までストーカー被害のご経験はありますか? もしくは嫌がらせやパパラッチとか? ほら佐伯さんは有名人だから」
「いや、僕は特にそういうのはないです。ただ……」
「何か心当たりがありますか? 遠慮なく言って下さい、秘密は厳守しますから」
木崎が真面目な顔で言ったので岳大は優羽の事を話してみようと思った。
「実はうちのスタッフの女性が去年の11月だったかな? 知らない男に後をつけられた事がありまして。あ、でも一度だけなんですが」
「なるほど。まあ一概にそれと今回の件が関係あるとは断言できませんが用心するに越したことはないですね。とにかくその女性は一人にしないようにしてあげて下さい。まあ何かあればいつでも相談に乗りますので。 あ、ちなみにうちの嫁さんも柔道黒帯で結構強いですから僕がいない時は遠慮なく彼女に言って下さいね」
木崎は柔道の構えのポーズをとりながら笑顔で言った。木崎の親切な申し出に岳大は感謝をする。
「ありがとうございます。とても心強いです」
その後二人は少し立ち話をしてからそれぞれの家に戻って行った。
岳大は部屋に戻ると先程の不審車の事を考えていた。あの車が優羽をつけ回した男と関係があるかもしれないと思うと気が気じゃなかった。
これからは家の周辺にも気を配り、優羽や流星に対して細心の注意を払わなければと思った。
その時岳大の携帯が鳴った。携帯には優羽からのメッセージが届いていた。
「今度の土曜日で良ければ母と兄がお待ちしていますと言っていました」
岳大はそのメッセージを見て微笑む。そしてすぐに返信した。
「じゃあその日にお邪魔しますと伝えて下さい」
そして岳大はキッチンへコーヒーを取りに行った。
その頃優羽は流星を保育園に送ったついでに実家に寄っていた。
兄には前もって岳大との事は話していたが母の恵子は何も知らないので直接自分の口から伝えようと思っていた。
そしていざ岳大と交際する意志を伝えると恵子はかなり驚いている様子だった。
元々東京の人間を毛嫌いしている母だったので優羽は反対されるのを覚悟したうえで話しをした。
しかし恵子は反対などせずむしろ賛成してくれた。
恵子が賛成した一番の理由は流星が岳大にとても懐いているという事だ。二人が本当の親子のように仲が良い事は兄の裕樹から聞いていた。流星と岳大が久しぶりに再会した時、流星が岳大の手を握ったまま離さなかったという話も舞子から聞いている。そして流星と恵子が二人きりでいる時もしょっちゅう岳大の話題が出てきた。それを見た恵子は流星は本当に岳大の事が好きなのだと知った。もし優羽が再婚して流星に新しい父親が出来るなら流星が小さいうちの方がいいだろうとも思っていた。
また恵子は東京から来た岳大に対し徐々に好感を持ち始めていた。
それは自分が生まれ育った過疎化が進むこの街に新たにショップをオープンしてくれる事になったからだ。
有名ブランドの新規出店は町に良い刺激を与えてくれる。町に若者が戻って来れば商店街にもまた活気が戻るだろう。
今回の岳大の出店は地元商店街の人達からも歓迎されているという事を今日初めて優羽は知った。
優羽は頑なな母の心さえも溶かしてしまう岳大の人柄と仕事ぶりに更に尊敬の念を抱いていた。
その時母の恵子がポツリと言った。
「今度こそ幸せになりなさい」
優羽がびっくりした顔をしていると恵子は少し照れたように笑ってから、
「お茶でも入れようか」
と言ってキッチンへ立った。
コメント
3件
ぅぅー😭😭😭お母さぁん🍀🍀🍀
優羽ちゃん!よかったねー😭お母さんも賛成してくれて😭 これで堂々と一緒にいられる💕 こんな幸せの中なのに…西村〜っ❗️ほんとにしょうもないやつだ‼️ なにかあっても木崎さんご夫婦がいらっしゃるから気持ち的に安心できるね。何もないと願ってます🥺
岳大さんのスキャンダルネタ探しで依頼してる奴⁉️木崎さんご夫婦が警察で良かった♪個人的に探ってくれそう❗️ 西村本当にしつこい💢🐍並‼️優羽ちゃんに影響なければいいけど… そして優羽ちゃんのご実家への挨拶の日も決まって、お兄さんは元よりお母さんも岳大さんの人となりを知って両手をあげて🙌喜んでくれてる様子😊💘‼️ 優羽ちゃん、流星君、岳大さん本当に良かったね🥰🌸おめでとう㊗️🎉