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家に帰ると、婆ちゃんは仏間をあっちこっち、ひっかき回しているところだった。
たぶん、この眼鏡を探しているのだ。
とっておくもの、処分するもの、ある程度仕分けしていたはずなのに、そんなこと関係なしに部屋の中はごちゃごちゃしていて、婆ちゃんは困ったような表情で、
「ここにもない……どこへやったのかしら……」
とぶつぶつ呟きながら、小さくため息を吐いていた。
俺は婆ちゃんの後ろに向かって、
「婆ちゃん」
と声をかける。
婆ちゃんはぴくりと背中を震わせると、ちょっと驚いたようにこちらを振り向いて、
「あぁ、ジュンちゃん。おかえりなさい」
「なに? どうしたの? 探し物?」
訊ねると、婆ちゃんは「うん」と一つ頷いてから、
「――おじいちゃんの眼鏡が見当たらなくて。お仏壇に置いておこうと思ったんだけど、どこにもないのよ。困ったわ……」
「大丈夫? 俺も手伝うよ」
「ありがとねぇ」
俺は、自分が壊したことを正直に話せなかった。
後ろめたさもあったし、かといって、魔法で直してもらってきたんだと正直に話したところで、信じてもらえるはずもない。ここは一緒に探して、たまたま見つけたふうを装った方がいいと思ったのだ。
俺と婆ちゃんはそれぞれ背中を向けて、ガサゴソと部屋中に散乱した爺ちゃんの遺品を片付けながら、爺ちゃんの眼鏡を(俺はいつ眼鏡を出すかタイミングを見計らいながら)探していった。
五分くらいは経っただろうか。そろそろ頃合いだろう。
そう思った俺は、婆ちゃんが見ていない隙に部屋の隅の、爺ちゃんが着ていたスーツが畳まれて置かれたその影に、眼鏡をことりと置いてから、
「あ、あったよ、婆ちゃん」
「え? ホント?」
婆ちゃんは振り向くと、膝を支えながら、床を擦るようにしてこちらにやってくる。
俺は爺ちゃんの眼鏡を手に取って、それを婆ちゃんに差し出しながら、
「ほら」
「あぁ、良かった。ありがとねぇ、ジュンちゃん」
婆ちゃんは笑顔で言って、けれど不思議そうに眉をひそめると、
「――あら?」
と小さく呟いた。
俺は一瞬どきりとして、
「な、なに? どうしたの? どっか壊れてる?」
すると婆ちゃんは、爺ちゃんの眼鏡を矯めつ眇めつしてから、
「――いいえ。確かに、お爺ちゃんの眼鏡に間違いないわ。ありがとう、ジュンちゃん」
「ううん、良かったよ、ちゃんと見つかって」
「えぇ、そうね……」
それから婆ちゃんは俺の方に視線を向けて、何かを言おうと口を一瞬開きかけ、わずかに逡巡するような表情を見せてから、
「さぁ、そろそろお夕飯の時間ね。私も、お母さんのお手伝いしなきゃね」
改めて口元に笑みを浮かべて、そう言った。
婆ちゃんが何を言おうとしていたか解らなかったけれど、まぁ、爺ちゃんの眼鏡もちゃんと婆ちゃんの手元に戻ったんだし、それでいいだろう。
婆ちゃんはよっこらせ、と立ち上がると、仏壇の爺ちゃんの写真の前にその眼鏡を置いてから、
「さぁ、ジュンちゃんも。お夕飯の前に、ちゃんと宿題を終わらせるのよ?」
「うん、わかってるよ」
婆ちゃんの背中を見送って、俺も自分の部屋へと戻ったのだった。