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グレンシスの厳しい声音でユザーナは、はっと我れに返った。そして、すぐさま自分自身の行動を恥じる。
年甲斐もなく無様な姿を自分の娘と部下に見せてしまい、惨めさすら感じていた。
ついさっきまで鬼気迫る表情でティアに同居を迫っていたのに、今はそわそわと視線を落ち着かなくしている。
「す、すまない……ティア。突拍子もないことを言って驚かせてしまって……」
「いえ、そんなっ」
ティアはグレンシスの腕の中で、ぶんぶんと首を横に振った。
必死なティアの仕草がユザーナに届いたのだろう。彼はふっと憑き物が落ちたかのように表情を改め、突然割り込んで来た騎士に向かい口を開いた。
「グレンシス、悪いがティアを送り届けてくれ」
「かしこまりました」
「くれぐれも事故がないよう、気を付けるんだ」
「心得ております」
「御者にもしっかり伝えておいてくれ。人混みの多い道を避けるようにと」
「……はい」
ちょっとしつこいと内心思いつつも、グレンシスはティアを抱えたまま、綺麗な騎士の礼を執ると、優雅にユザーナに背を向け歩き出した。
ずんずん歩くグレンシスに抱きかかえらたまま、ティアは首をひねってユザーナを見る。
みるみるうちに小さくなっていくユザーナは、突然井戸の中に放り込まれたかのように、失望と孤独を滲ませていた。
このままではいけない。漠然とそう思ったティアは、気付けばグレンシスの肩に手を掛け、叫んでいた。
「あの、ユザーナさま!」
声を上げた瞬間、ティアの意図を汲んだかのように、グレンシスの足もピタリと止まる。
ティアは身を乗り出して、更に声を張り上げた。
「今度良かったら、一緒に母のお墓参りに行きませんか?!」
「ああ、ぜひ。ぜひ頼む」
食い気味に何度も頷くユザーナを見て、ティアは、やっと親子の一歩を踏み出せたような気がした。
中庭を抜けてもグレンシスはティアを抱いたまま歩く。すれ違う人がぎょっとしても、お構いなしだ。
一方ティアは、そんなに神経が図太くない。
「グレンさま、捻挫は4週間で完治するってご存知ないのですか?」
そろそろ降ろして欲しいティアは、グレンシスに向かって可愛げのないことを口にした。
けれどグレンシスは、ただ眉を軽く上げただけ。
「ああ、そうなのか。それは知らなかったな」
すっとぼけたことを言うグレンシスに、ティアは苦笑する。
知らないわけがない。グレンシスは騎士だ。毎日鍛錬をするし、それには怪我がつきものだ。以前、捻挫の応急処置をされた時は、とても手慣れていた。
わざとそんなふうに言ってくれるグレンシスの気遣いがとても嬉しい。でも、気持ちは晴れない。逃げるように、あんな別れ方をユザーナとしてしまったのだから。
とはいえ、グレンシスが間に入ってくれて、心からほっとしたのも事実。自分ではどうすることもできなかったから。
複雑な気持ちを隠すように、ティアはそっと息を吐いたが、グレンシスにはバレバレだった。
「宰相は少しせっかちな性格をお持ちの人だ。それに長年の想いもあって、気持ちを抑えることができなかっただけなのだろう。だが、これくらいのことで落ち込むような御仁ではない。バザロフ様の顔を見れば、すぐにいつもの調子を取り戻す。間違いない」
しっかりと確信を持つグレンシスの言葉に、ティアは本当に?と疑う眼差しを向ける。
そうすれば、グレンシスは声を上げて笑った。
「ははっ。ああ見えて、バザロフさまと互角に剣を使う方だ。精神力も体力も、化け物並みに強い。それにバザロフ様にみっともない姿は絶対に見せないだろう」
「そうなんですか?」
「そうだ。それにあの二人は、国王陛下の両翼とも呼べる存在なのに、変なところで子供じみている」
「……と、言いますと?」
「バザロフ様が宰相殿にちょっかいを出し過ぎると、宰相殿はキレる。そして、訓練場でいきなり真剣勝負が始まるんだ。こっちが鍛錬中であろうともお構いなく、邪魔だと言われ問答無用でつまみ出される」
「……まぁ」
グレンシスの口から語られるバザロフとユザーナがあまりに意外過ぎて、ティアは目を丸くする。
「あれは正直言って迷惑している。何度もバザロフ様に異議申し立てをしているが、こればっかりは無視されている。まぁ、こっちも多少仕方がないと割り切って入るが、二人そろって剣を片手に鬼の形相で訓練場に来られると新人の騎士が怯えて、宥めるのに一苦労する」
なにやら、ここでグレンシスの愚痴が始まり出してしまった。
でも、ティアはちゃんとわかっている。グレンシスがわざと話題を変えてくれていることを。
落ち込んでいるが、ありきたりな慰めの言葉も必要としていないティアのために、わざわざ、こんな他愛ない話をしてくれていることを。
「……嫌よ嫌よも好きのうちって言いますから、きっとお二人は本当は仲がいいんでしょうね」
「まぁ……だといいけどな」
調子を合わせてそう言えば、グレンシスは深い溜息を零しながらそう呟いた。
それから会話が途切れ、グレンシスは歩調を緩めることなく城外へと向かう。風の匂いが強い。そろそろ出口が近いのだろう。
そこでティアは、ふと思った。自分はどこへ帰るのだろうかと。
ロハン邸には、この厄介事が落ち着くまでという条件で住まわせて貰っている。
その厄介事は無事に終わった。だからティアがロハン邸に留まる理由はもうない。
なら、自分が帰る場所は、メゾン・プレザンしかない。
そう思ったティアは、心の奥底から今まで感じたことがないほどの激しい衝動に襲われ──ぎゅっと抱きしめるようにグレンシスの首に、自分の両手を巻き付けていた。