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第15話:公式の場へ
翌週の月曜朝、春瀬拓真は登校途中の駅前で、香波対策局の腕章を付けた中年女性に声をかけられた。
短めの栗色の髪を耳にかけ、薄いグレーのスーツを着こなしたその人は、涼しい目元に金縁の眼鏡をかけている。
「君、春瀬拓真くんね? 最近ちょっと話題の」
差し出された名刺には《香波局・黄波地区対抗戦運営委員》とあった。
「黄波地区対抗戦……?」
女性は笑みを浮かべたまま説明する。
香波社会では、年に数度、各地区の代表を選び競わせる公式大会があり、実戦能力だけでなく香波制御や精神安定性など総合的に評価される舞台だという。
「槇村くんとの一戦を見て推薦があったの。君に出場してもらいたい」
昼休み、校舎裏のベンチで蓮と向かい合った。
蓮は相変わらず濃紺のカーディガンを羽織り、首元には抑制バンドをゆるく巻いている。
「公式戦は非公式みたいに一瞬で終わらせりゃいいってもんじゃない。波の持久力、環境適応、相手との読み合い……全部見られる」
その声音は淡々としているが、どこか楽しそうだ。
拓真は、その場で香波を緑から赤に変化させる練習を始めた。
午前中の授業で感じた小さな苛立ち、駅での緊張、槇村との戦いの記憶——それらを頭の中で再構築し、感情の波を細かく制御する。
赤波は以前よりも深く、しかし暴れず、ゆるやかに周囲を包み込むように広がった。
放課後、香波器具店の大型モニターでは、去年の黄波地区対抗戦の映像が流れていた。
赤や紫の波が交錯し、観客席からは熱気のこもった歓声が響く。
拓真は画面越しの戦士たちを見ながら、胸の奥でゆっくりと覚悟を固めた。
「——出る。勝ってやる」
その言葉に、蓮の口元がわずかに緩んだ。
「じゃあ、特訓だな。俺が相手してやる」
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