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第16話:特訓開始
夕暮れ、校舎裏の旧体育倉庫。
薄暗い室内で、蛍光灯の明滅が蓮の影を伸ばしていた。
蓮は濃緑のジャージ姿に着替え、手首には香波測定用のリングをはめている。
その顔は無表情だが、瞳の奥は挑戦的な光を帯びていた。
「黄波地区対抗戦では、ただ力を出すだけじゃ意味がない」
蓮は片手を上げ、濃紺のカーディガンの下から濁った灰色の波をゆっくり広げる。
「波の持続時間、強度変化のコントロール、匂いでの威嚇……全部試される」
香波社会では、公式戦の会場全体が特殊フィルターで覆われ、観客席には波感知スクリーンが設置される。
波の色や形、香りの揺らぎはリアルタイムで拡大表示され、観客にも審判にも一目で分かるようになっていた。
つまり、戦いは“見せる技術”も評価の一部になるのだ。
拓真はジャージの上着を脱ぎ、灰色のTシャツ姿になる。
手の甲に赤波を集めようとするが、緊張で色がオレンジに落ちる。
「……まだ安定しないな」
「感情を無理に抑えるな。波は精神を裏切らない。乗せるんだ」
蓮の声は冷たいが、響きは不思議と安心感を持っていた。
何度も深呼吸を繰り返し、拓真は試す。
学校帰りに感じた通学路の冷たい風、昼休みに笑い合った瞬間、そして槇村との一戦の興奮——それらを胸の中で重ねる。
赤波が、今度は揺らがずに手の周りに留まり、熱を持って脈打ち始めた。
「……いい顔になったじゃねぇか」
蓮が一歩踏み込み、灰波と赤波がぶつかり合う。
小さな火花のような光が、二人の間で瞬き、倉庫の空気が一変する。
その夜、帰宅した拓真の額には、わずかな汗と自信の色が宿っていた。
——初めて、自分の波を“自分のもの”にできた気がした。