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教室の空気が変わったのは、ほんの些細な”情報”が撒かれた直後だった。


「遥と日下部が、アイツに手出したらしいよ」


曖昧に、けれど意図的に投下されたその一言。名前は出さない。「アイツ」が誰かも特定しない。その不明瞭さが、教室全体に不安と好奇の霧を広げるには十分だった。


「やっぱり、なんか変だったよね、あのふたり」


「日下部ってさ、遥に利用されてるだけじゃね?」


そんな囁きがあちこちで生まれ、すぐに確信に変わる。まるで“知っていた”ような顔で。


蓮司は表には出ない。口を出すことすらない。ただ、クラスの空気を一段階ずつ温めるように、ある生徒にだけノートを回し、別の生徒には携帯の画面を見せる。


その中には、遥がトイレに呼び出された後のくしゃくしゃの制服の写真。日下部が遥に肩を貸しているところの後ろ姿。その角度は誰かが意図的に撮ったものだ。


「アイツら、やってんじゃん」


そう決まれば早かった。放課後の掃除当番がなぜか二人だけにされ、バケツの水には洗剤が混ぜられ、机は朝のうちにチョークで「変態」「犯罪者」「共犯者」と記される。


教員は気づかない。いや、見て見ぬふりをする。


クラスの空気が急速に冷たくなる。誰も彼を見ようとしない。遥に話しかけると、周囲から視線が突き刺さる。


遥は、笑わない。怒らない。ただ、黙ってすべてを受け止めているようだった。否、違う。慣れているのだ。あまりにも、こういう空気に。


その姿が、逆に日下部の心を苛む。



次の日。日下部のロッカーには赤ペンで書かれていた。


『次はお前が喰われる』


教室の窓には、割られたガラスの破片が散っていた。蓮司はその時、何も言わずに廊下を通り過ぎる。微笑さえ浮かべずに。


だが、それで十分だった。


遥も、日下部も、「クラス全体による見えない制裁」の渦の中心に立たされた。


そしてそれは、まだ「始まり」にすぎなかった。



昼休みの教室。

椅子が足りない。机の配置が勝手に変えられ、遥と日下部の席だけが前後に引き離されている。周囲は笑いを噛み殺しながら、それぞれの机の上に余分な荷物や教科書をわざと乱雑に置いている。


遥は一言も発せずに、教科書を腕に抱え、壁際に立った。座る場所はない。床に座ろうとすれば、そこにもジュースがこぼしてある。誰がやったかなど、わざわざ調べる必要もない。それが「空気」だった。


日下部が立ち上がる。


「俺、立ってるわ。お前、ここ座れ」


そう言って、自分の椅子を引き、遥に譲ろうとする。


教室の空気が一瞬だけ変わる。

女子の一人が、笑いを堪えきれずに言う。


「うわ、マジで座らせるんだ?ねぇ、やばくない?」


「共犯かよ」


「共依存、きも〜」


日下部は何も言わない。ただ遥のほうを見て、無言のまま椅子を差し出す。


遥は、それを見つめたまま、何も言わずに立ち尽くしていた。まるで、それが「罠」であることを、遥だけが知っているかのように。


次の瞬間、後ろの席から誰かが机を蹴り上げる。大きな音が鳴り響く。教室がざわめき立つ中で、一冊のノートが遥の足元に落ちた。


『告白します。

俺は人のものを盗みました。

俺は嘘をつきました。

俺は、◯◯くんの写真を勝手に持ち帰りました』


――遥の字だった。


明らかに模倣された筆跡。それでも誰かが叫ぶ。


「これ、あいつの字じゃね?」


「やば……ストーカーじゃん」


「きも……通報したほうがいいんじゃね?」


ざわつきが悲鳴に変わり、誰かがスマホでノートを撮影し始める。もう止まらない。静かな焚き火に、誰かが灯油を注ぎ込んだ。


日下部は拳を握りしめていた。教室の全員を睨むわけでもなく、怒鳴り返すわけでもなく、ただ、何かを言おうとして言えないまま、唇を噛んでいた。


遥はその視線を一瞬だけ受け止め、そして一歩引いた。


「……やっぱり。椅子、いらねえわ」


ぽつりと、低く言って、教室を出ていく。


背後で爆笑が起きた。


その場に残された日下部だけが、拳を震わせながら、声も出せずに立ち尽くしていた。




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