食事が終わる頃には、母親二人の間で花純を壮馬の嫁にするという話しですっかりまとまっていた。
「では、後日主人とご挨拶に伺わせていただきますわ」
「まぁ、長野までわざわざ? その時はこちらから伺いますのに」
「いいえ、花純ちゃんの生まれ育った所も見ておきたいですし、おばあさまにもご挨拶をしないと。それにバラ園も見たいわぁ。帰りには軽井沢の別荘に寄りますので…あっ、そうそう今度是非涼子さんを軽井沢へご招待したいわぁ。女二人で楽しみませんこと?」
「まあそれは素敵!」
「そうしたら一晩中お喋りできますものね」
「うふふ、それは楽しそうですね」
とこんな調子でいつまでも二人のお喋りは続く。
壮馬はまんざらでもなかった。
こうして周りから固めていく作戦もアリだなと思っていた。
しかし花純だけは、
「お母さんいい加減にして、勝手にそんな事を決めたら副社長にご迷惑だから…」
と必死に母親に訴えていた。
それを見ていた壮馬は、
(ちゃんと俺の気持ちを伝えないとだな……)
と思った。
その日、百合子と涼子は、壮馬のマンションのゲストルームへ泊まって行く事になった。
花純はリネン類を持って急いで二つのベッドを整えに行く。
昼間掃除しておいて良かったと心から思った。
夕食の片付けは、百合子と涼子が二人でしてくれるというので、壮馬もベッドメイキングを手伝いにいく。
「悪かったな…なんかとんでもない事になってしまって…」
「いえ、こちらこそ母が色々と調子に乗ってすみませんでした」
「いや…でも俺も君のお母さんに会えて良かったよ。いずれご挨拶に行くつもりだったから」
そこで花純がびっくりした顔をする。
「え? 挨拶に? どうしてですか?」
そこで壮馬は一度咳ばらいをしてから言った。
「うん…実は君に交際を申し込もうと思っていたんだ」
その瞬間、花純は更に驚いた顔をした。意味がわからない。
しかし壮馬は今確かに言った。
『君に交際を申し込もうと思っていた』
と。
(ワインを飲み過ぎちゃったかな?)
聞き間違いかと思い、花純は念の為にもう一度聞き返す。
「えっと、交際っていうのは誰と誰がですか?」
「もちろん君と俺だ」
「え? 副社長と私が?」
「うん…俺は君と付き合いたいと思っている」
「…………」
突然の事で花純は冷静な判断が出来なかった。
なぜ副社長は自分と交際したいと思ったのか? その理由に全く心当たりがない。
仕事でスカウトはされたが、それ以外そんな素振りはなかったからだ。
そこで花純は疑問に思ったことを率直に聞く。
「それってつまり副社長と私が恋人同士になるっていう事?」
「うん。そして恋人の延長には結婚も視野に入れている」
「け、結婚?」
「そうだ」
「…………」
いきなりプロポーズのような事を言われたので、花純の脳が一気にフリーズする。
なぜなら、花純は今まで『結婚』について考えた事もなかったからだ。
「あの…恋人とか結婚とか…私今まであまりそういうのを考えた事がなくて…」
「そうか…ちなみに聞くけど、今まで恋人がいた事は?」
「ありません」
(な、ない? マジか…)
壮馬は驚いていた。
いくら植物一筋で男性に興味がないといっても花純はもう25歳だ。
大学時代や社会人になってから、恋の一つや二つ経験するチャンスだってあっただろう。
しかし花純はきっぱりないと言い切った。
壮馬は嬉しくて思わずニヤけそうになる。
しかし、なんとか平静を保ちながら聞いた。
「それなら余計に君は俺と付き合った方がいい」
「え? どうしてですか?」
「恋愛経験が全くない君には、経験豊富な男がぴったりだと思うよ」
「そ、そういうものですか?」
「うん、俺とだったらきっと上手くいく。安心して俺に任せればいい」
その時花純の頭には、先ほどの嬉しそうな母の笑顔が蘇ってくる。
母は誰よりも花純が結婚して幸せになる事を望んでいた。
実家の近所にいる花純の幼馴染や同級生が結婚すると、母はすぐに花純に報告し羨ましそうにしていた。
そして必ず花純にいい人はいないのかと聞く。
きっと実家にいる祖母も同じように思っているだろう。
花純が結婚して幸せになれば、二人はきっと肩の荷が下りるはずだ。
また、花純は最近壮馬に対して様々な思いが芽生えていた。
それは例えば、尊敬の念であったり一緒にいて楽だという事だったり、
むっつり無口な人だと思っていた壮馬とこうして一緒に暮らしてみると、意外にも壮馬の良い面ばかりが目に付く。
花純の具合が悪い時には親身になって看病してくれたし、普段は優しくとても気が利く。ここ最近だけでも新たな発見がいっぱいあった。
そして何よりも花純は壮馬の匂いが嫌じゃなかった。
いやむしろ好きだった。
女性は自分の遺伝子とは全く異なる遺伝子を持つ男性の匂いに惹かれるという説があるが、まさにそれだ。
壮馬の匂いが好きという事は、花純が本能的にその遺伝子を求めているという事になる。
つまり、遺伝学的に二人の相性はぴったりなのだ。
そこで花純は覚悟を決めた。
「本当に私なんかでいいのですか?」
「もちろんだ。だからこうして話をしている」
そこで花純は気になっていた事を壮馬に話す。
「あの…ちょっと思ったんですが、交際の申し込みっていうのは、ベッドメイキングの最中に言うものではないと思うのですが…」
その時、少し開いたゲストルームのドアの向こうには壮馬の母百合子が立っていた。
百合子は息をひそめて二人の会話を聞いていた。
そして百合子は今花純が言った言葉を聞き、思わず「プハッ」と笑ってしまった。
しかし慌てて手で口を押さえる。
どうやら二人は気づいてはいないようだ。
(まったく花純ちゃんの言う通りよ! なんでこんな時に言うのかしら!)
百合子は息子の不甲斐なさを嘆く。
一方、花純に痛いところを突かれた壮馬は、一瞬呆気に取られた後、慌てて言った。
「確かにこんな場面では普通言わないよな…ただ今日は色々と勝手に話が進んで行ったから、今このタイミングで言わないとと思いつい…ごめん、悪かった」
壮馬が素直に謝ったので花純は驚く。
そしてそんな素直な壮馬をあまりいじめても可哀想かなとも思った。
「まあ母親同士があんなに盛り上がっているんですものね。副社長のお気持ちもわかります」
「という事は、ちゃんとしたシチュエーションで交際を申し込めばOKを貰えるって事かな?」
「はぁ…?」
花純は咄嗟にそんな返事しか返せなかった。
「わかった。じゃあ後日もう一度チャンスをくれ! 絶対に君をうんと言わせてみせる」
壮馬の気迫に負けた花純は、
「あ、はい…。でも今はとにかく早くベッドを仕上げましょう」
と言って、ニコニコしながらベッドメイキングを再開した。
その笑顔がとてもチャーミングだったので壮馬はドキッとする。
それから二人は二つのベッドを整えていった。
二人の会話を最後まで聞いていた百合子はくるりと踵を返すと、足音を立てないように涼子がいるキッチンへ戻った。
そして涼子の耳に手を当てて何やらひそひそと話し始める。
百合子の話を聞いた涼子は、途中「プハッ!」と笑った。そして話を最後まで聞くと、今度はパァッと顔が明るくなる。
それから二人は目を見合わせると、微笑みながらうんうんと頷き合っていた。
コメント
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素敵なママ達💖 壮馬さん、花純ん大好き過ぎて必死ですね🤭 2人にキュンキュンしちゃいます~😆🩷
確かにベッドメイキングのときに告白って🤣2人のママは「結婚」を望んで、話が急展開だし初恋💝壮馬さんも慌てた?🤭 恋を脳内整理してる花純ンはリケジョ🥰
本人達同士よりも先にお母さん同士で、「花純ちゃんを壮馬さんの嫁に....♥️」という話がまとまってしまいましたが🤭w これまで自分から女性を好きになったことが無く 初恋が花純ちゃんである壮馬さんと、今迄恋人がいたことが無く 「恋」というものを全く知らない花純ちゃん.... 二人が両想いになり 結婚を決意する迄には、まだまだ時間がかかりそう🤔 両家の家族、優香さんや優斗さん等、周囲が皆応援ムード一色なので 心強いですね~♥️🤭