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###まだ春を知らない君へ###
第二章 止まらない距離、胸のざわめき
春歌は、ベンチで填真と並んで座っていた。相変わらず填真は口数が少なく、視線は地面を彷徨っている。それでも、春歌は気にせず話し続けた。
「おばあちゃんの家ね、すっごく広くて、縁側から見える景色が最高なんだよ。お兄ちゃんとよくそこで寝転がってお昼寝したんだ」
春歌が楽しそうに話すたび、填真は小さく頷いたり、「へぇ…」と呟いたりする。その反応は控えめだけど、春歌の言葉を一言一句聞き漏らすまいとしているのが伝わってきた。春歌は、そんな填真の真面目さに、なぜか「くすっ」と笑ってしまった。
その時、聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。
「おい、春歌。待たせんなよ」
振り返ると、そこには春夜が立っていた。相変わらずの革ジャンに、少しだるそうな姿勢。一見すると近寄りがたい雰囲気を纏っているが、その目は春歌を優しく捉えていた。春歌は、途端に胸が熱くなるのを感じた。
「お兄ちゃん! 遅いよ!」
春歌は立ち上がり、春夜に駆け寄る。春夜はいつものように春歌の頭をくしゃりと撫でた。
「わりぃわりぃ。ちっとばかし、野暮用があってな」
春夜がベンチの方に目を向け、填真の姿を捉えた。填真は、春夜の視線に気づくと、さらに身を縮ませた。春夜は、そんな填真を一瞥すると、すぐに春歌に視線を戻した。
「そんじゃ、行くか」
春夜は春歌の肩を抱くように促し、二人は桜並木の向こうへと歩き出した。春歌は、歩きながらも填真のことが気になり、思わず振り返った。填真は、まだベンチに座ったまま、小さく二人の背中を見つめていた。その姿は、まるで春の陽炎のように、ぼんやりと霞んで見えた。
(あんなに小さく見えたっけ…)
春歌は、胸の奥で何かチクリとした感覚を覚えた。それは痛みとは少し違う、形容しがたい「ムズムズ」とした感情だった。
翌日、学校で春歌は填真を探した。彼はいつも教室の隅で本を読んでいるか、ノートに何かを書き込んでいるかだった。春歌は、躊躇いながら填真の席に近づいた。
「填真くん、昨日はありがとうね」
春歌が声をかけると、填真はまたしてもビクッと体を震わせた。その表情は、まるで悪いことをしているところを見つかった子供のようだった。
「いえ…その…」
「お兄ちゃん、ちょっと怖い人に見えたかな? でもね、すっごく優しいんだよ!」
春歌は、昨日、填真が春夜を見て怯えているように見えたのが気になっていた。彼女は、春夜の誤解を解こうと一生懸命に話した。填真は、春歌の言葉をじっと聞きながら、静かに頷いていた。その瞳は、春歌の言葉を真剣に受け止めているようだった。
放課後、春歌が教室を出ようとすると、填真が呼び止めた。
「あの…春歌さん…」
振り返ると、填真が小さな手のひらに、丁寧に折られた桜の花びらを乗せていた。
「これ…昨日、春歌さんが座ってたベンチの近くに落ちてて…」
彼の手からそっと花びらを受け取ると、春歌は思わず息を呑んだ。それは、昨日春歌が座っていたベンチのそばに咲いていた桜の花びらだった。たった一枚の花びら。しかし、そこには、填真の優しくて不器用な心が込められているように感じられた。
「…ありがとう、填真くん」
春歌は、花びらを大切に手のひらに握りしめた。その瞬間、昨日感じた「ムズムズ」とした感覚が、再び胸の奥でざわめいた。それは、兄への恋とは違う、けれど確かに存在する、新しい感情の兆しだった。まだその感情が何なのか、春歌には分からない。けれど、春の風が吹き抜ける教室で、彼女の心は確かに揺れ動いていた。
今日はじめて、髪の毛巻いた!
アイロンって難しいねΣ(-᷅_-᷄๑)
ではまた次回!
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