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「……っ!」
無骨な手が彼女の繊麗な腕を掴み、小さな身体を抱き寄せた。
突然の事に、彼女は意思の強そうな黒い瞳を丸くさせる事しかできない。
今にも折れそうなほどの細い身体に伝わる温もりが心地よくて、でもどこか情けなくも感じて。
瞳の奥がジワジワと痺れるような感覚がしたかと思えば、彼女の瞳から熱を纏った雫が、静かに頬を伝い落ちていく。
今まで誰にも言えなかった失恋の傷を、まだ知り合ってからそんなに経ってない男の人に打ち明けてしまうとは。
(アンタは……どれだけ気を張っていても実はこんなに弱い女だったんだよ。本当は誰かに……胸の内を聞いて欲しかったんだよ……)
彼に抱きしめられながらも、斜め上から見下ろしている『もう一人の自分』が語りかけてくる。
「大丈夫だから。俺が君の全てを……全部受け止めるから」
頑なに心を守っていた鎧のようなものが音を立てて崩れていくのを感じながら、彼女は顔を歪ませないように必死で堪えた。
「ずっと誰にも言えなくて、苦しかったんだろ? なら、泣きたい時は思い切り泣くといい。俺が……そばにいるから」
「っ……うぅっ……っ……うっ…………うわぁぁあぁぁっ……!!」
彼の言葉で心が解放されたのか、彼女は堪える事を手放し、彼の胸に顔を埋めてしゃくり上げた。
「辛い事を思い出させてしまって……すまなかった……」
彼の節くれだった指が彼女の黒髪に触れ、丁寧に撫で続ける。繊細なガラス細工に触れるように、そっと。
「俺が忘れろって言っても、君の心は深く傷付いたままだろう。でも、その傷も含めて、全部俺が受け止めるから」
言いながら彼女の身体を掻き抱くと、手入れの行き届いた艶髪にゆっくりと唇を寄せる。
落ち着いた低い声音に、身体の芯が蕩けそうになるのを耐えるように、細い指先が彼の腕を弱々しく掴んだ。
ダークネイビーのスーツの上着に少しずつ広がっていく、涙の痕跡。
空にはこれから更に昇ろうとする満月が浮かび、仄かな月光が二人を穏やかに照らしていた。