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その日、罰は「人格」が対象だった。
黒板には、誰かの手で書かれた今日のルールが残されている。
「今日のテーマ:『お前は何のために生きてるか、教えてもらおうか』」
前日の“殴って点数を競う”とはまた違う。今回は、言葉だった。
椅子に縛られるように座らされた遥の前に、何人もの生徒が輪になって立つ。一人ずつ交代で、遥に質問する。だがそれは、問いというより――観察と嘲笑、時に呪いだった。
「昨日は黙って殴られてたのに、今日は言葉で殺されてるんだな。……なあ、どっちのがマシだった?」
「ほら、“答えてくれなきゃ点数にならない”ってさ」
指示を出す女子の声に、笑い声がかぶさる。
遥は口を閉ざしたままだ。うつむいたまま、動かない。
日下部が席を立とうとすると、周囲の空気がピリついた。まるで「動くな」と告げる鎖が教室中に張りめぐらされているかのようだった。
教師は今日も、保健室に“呼び出されていた”。何かあれば“日下部くんがうまくやってくれるから”と。どこかで誰かが、そう決めたのだ。
「ほら、次の人いくよー。じゃあ次、『お前にとって価値のあることって何?』。ちゃんと喋ってもらおうか。泣いてもいいよ?」
「どうせ、“だれかに必要とされたかった”とか言うんだろ? そんな顔してんじゃん」
「えっ違う? じゃあ早く喋って、点稼げよ。点ほしいのはそっちでしょ?」
遥は何も言わなかった。
黙って、ただ目を見開いたまま、すこしだけ首を傾けた。
微笑んだように見えたその顔に、周囲がざわめいた。
「……何、今の顔。笑った?」
「ウケんだけど。いまの、“気が狂った風スマイル”でボーナス入りまーす!」
点数ボードの「今日のMVP候補」に、遥の名前が書かれた。
まるでそれが「彼が自ら晒されたことの証明」であるかのように。
そのときだった。日下部が立ち上がった。
「おい。やめろ」
声は低く、静かだった。
教室が、きしんだ。
日下部の隣にいた男子が、咄嗟に距離を取る。空気が変わる。だが、中心にいる女子の一人が、振り向きながら笑った。
「やめろ? ……だってさ。なに、“勇者登場”?」
日下部は、遥に向き直った。
遥の目が、ゆっくりと日下部の瞳をとらえる。
――やめるな、とは言わなかった。
――助けて、とも言わなかった。
ただ、あの目だ。殺され慣れた目。死ぬことより、壊れることの方が痛いことを知っている目。
「大丈夫」とも、「助けて」とも、何も言えない奴の、あの目だった。
日下部は、拳を握った。
その場に踏みとどまった。
「じゃあ、お前も出る? 今日のゲーム。二人でどっちが先に“喋るか”競争とか」
「もしくはどっちが先に泣くか、でもいいけど?」
日下部は、遥から目を逸らさなかった。
その一瞬だけ、遥の笑みが、消えた気がした。
笑えないくらいの地獄。
それでも笑っていた遥に、それでも止まらなかった教室に、日下部はたったひとつ、言葉を落とした。
「お前ら、飽きたらどうすんだ」
沈黙。
「飽きるまで殺すのか。飽きたらまた、新しいの探すのか」
女子の顔が引きつる。
「……なにそれ、説教? キモ」
そう吐き捨てられても、日下部は退かなかった。
遥のうつむいた背中が、少しだけ震えた。