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今日のテーマは「身体」。 昨日は「人格」。一昨日は「秘密暴露」。その前は「感情再現」。
泣けば加点。声を出せばボーナス。反応したら得点。殴れば×2、教師の前でやれば×3。
日直表が改変されてから、教室の空気は明確に変わった。
新しい表には名前の横に小さな点数欄が追加され、生徒たちはそこへ思い思いの数を書き込む。
「今日のお題」はホワイトボードの隅に書かれる。担任が「勝手に落書きするなよ」と言いながらも、消す素振りすらしない。
日下部は机の上に置かれたチョークの破片を見つめながら、小さく吐き捨てた。
「……娯楽かよ」
「何か言ったか、日下部」
前の席の男子が振り返りながら笑う。目は笑っていない。
背後から、誰かが遥の肩を小突く音。椅子ごと揺れる。
遥は何も言わなかった。言えなかった。
その静けさに乗じて、誰かが黒板に書き足す。
《本日限定:目立たない部位への加点2倍》
教室に、いやらしい笑いが漏れた。教師の影は見えない。誰も呼びに行かない。
そこに“学校”は存在していたが、“教育”は存在していなかった。
「なあ、こいつさ……」
誰かが遥の背後から手を伸ばし、制服の裾を強引に引き裂いた。
ボタンが弾け、肩が露わになる。無理に抑えていた咳が漏れた。
乾いた音が響く。背中を叩かれたのだ。罰ではなく、ゲームのスコア加算。
「これ、3点? 4点?」
「ルールだと、見えにくいとこは2倍、教師の前なら3倍、だよな」
「てことは……連打で8点? やべ、今日一番乗りかも」
日下部が立ち上がった。椅子が倒れる音。
その瞬間だけ、教室がピンと張りつめた。
「やめろ」
静かに、それだけを言った。
誰かが笑った。
「おまえさ、点ほしいなら言えよ?“殴るなら俺にしろ”って」
日下部の拳が震えていた。殴れば加点。それは、今この場においては「同類」になるということ。
だが、黙っていれば「共犯」。見て見ぬふりはもうできない。
「俺は……おまえらと同じになりたくない」
日下部の声は低かった。
遥の方へ向かって歩くと、乱暴に脱がされた制服の上着を拾い、黙って肩にかける。
「寒いだろ。……風邪、またぶり返すぞ」
遥はその言葉に、返事をしない。
ただ、目だけが小刻みに揺れ、肩が震えていた。
誰かが舌打ちし、誰かが笑い、誰かが「あいつ減点な」と囁く。
減点された日下部は、遥の横にしゃがみ込むと、声を潜めた。
「もう、限界なんだろ。……でも、おまえが倒れるの、俺は見たくない」
遥の瞼がゆっくりと閉じられる。
その奥に、光はなかった。ただ、わずかに揺れた唇が、誰にも聞こえぬほど小さく囁いた。
「限界は……まだ、来てない」