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鬼霧宗作
1,352
50
アラームの発信源は、美鶴の首輪からだった。
耳障りな警告音が、静まり返った教室に響き渡る。
微かに呼吸をしている美鶴の姿を見て、ハルキの胸にざわつくものが生まれる。
「……美鶴くん、まだ意識があるんじゃないか……」
声が震えていた。
美鶴はかすかに身じろぎし、虚ろな目でハルキを見つめる。何かを訴えるような、助けを求めるような視線――
ハルキは迷わず美鶴の方に駆け寄った。
しかし――
ピピピピピ――!
アラーム音が一層強まる。
ハルキの手が首輪へと伸びかけた、その瞬間――
脳裏に、ある記憶がフラッシュバックした。
(胡桃の首輪が鳴った時……あのとき、胡桃の頭が真威人に当たって、二人とも……!)
あの時の惨劇。爆発の轟音。飛び散る血肉。脳の断片が床に転がる光景。
それを思い出した瞬間、背筋に冷たい汗が流れる。
「くそっ……!」
反射的にハルキは自分のジャンバーを脱ぎ、素早く美鶴の頭に投げつけた。
「う……ぁ……」
美鶴はうめくように声を上げながら、弱々しく手を伸ばしていたが、その動きも止まる。
そして――
――轟音。
爆発の衝撃が教室を震わせた。
肉片と血しぶきが、ジャンバー越しに飛び散る。
ハルキは目を背けることもできず、その光景を呆然と見つめていた。
美鶴の頭部は、もう存在しなかった。
耳鳴りがする。体の芯が冷える。震えが止まらない。
爆発が収まり、黒い布を持った兵士たちが現れた。
彼らは何の感情も見せず、黙々と美鶴の遺体に布をかける。慎重に、だが機械的に。まるで、ただのゴミでも処理するかのように。
その静寂を、突如として切り裂いたのは――
「うああああああ!!!」
「いやあああああ!!!」
絶叫だった。
華子と葉月の声。
ハルキが振り向くと、華子が木刀を振り上げていた。
その先には、震える葉月。
「やめろ、華子!」
ハルキが叫んだ。
だが、華子の表情はもはや正気ではなかった。
「この女さえいなければ、時雄は死ななかった!! そうよね!? 葉月、あんたがいたから、時雄は……!」
狂気じみた目。涙と怒りが混ざり合い、もはや彼女自身、何をしたいのか分からなくなっているのかもしれない。
木刀が振り下ろされる――!
その瞬間、ハルキの体が無意識に動いた。
「っ……!!」
咄嗟に華子へと体当たりする。
ドンッ!!
華子の体が弾かれる――そして。
「――ッッ!?」
木刀が彼女の手から滑り、弧を描いて宙を舞う。
そして、そのまま――
華子の口へと突き刺さった。
「ぅ……おお……あ……」
彼女の目が見開かれる。
一瞬、何が起きたのか理解できていないようだった。
だが、次の瞬間――
鮮血が飛び散る。
口から、喉から、勢いよく血が溢れ出す。
華子は喉を押さえ、何かを言おうとするが、声にならない。
そのまま、よろめくように後ろへと倒れ――
床に崩れ落ちた。
「……!!」
ハルキは呆然とその場に立ち尽くした。
華子の目は、まだ何かを言いたげにハルキを見ていた。
だが、やがて光を失い――
動かなくなった。
華子は死んだ。
荒い息を吐きながら、ハルキは自分の手を見た。
震えていた。
(俺……殺した……?)
震えが止まらない。
その時――
スダの冷淡な声が響いた。
「あら、一気に二人も減りましたね」
その言葉は、まるで何でもない事実を述べるかのようだった。
「残りはたったの二人ですか……。でもまだ時間は7時間も残っている。……やっぱり、6時間以内にしておけばよかったかなぁ?」
クスクスと笑うスダ。
その声が、不気味なほどに響き渡る。
ハルキは拳を握りしめた。
その時、かすれた声が聞こえた。
「……ありがとう、ハルキくん……」
葉月だった。
震えながら、それでも必死に微笑もうとしていた。
どこか安堵したような表情で――
だが、ハルキは葉月には近づけなかった。
今の自分がいる根源が、自分が好きだった彼女だったからだ。
胸の奥に、鈍い痛みが広がる。
だが、それを振り払うように、ハルキは息を呑んだ。
(終わらせる……絶対に)
残り、二人。
そして、この地獄は、まだ終わらない。
スダの嘲笑混じりの声が、静まり返った教室に響く。
「どうします? まだ時間はたっぷりありますよ。語り合うのもよし、もう決着をつけるのもよし。凶器ならそこら中に転がってます。ただ、血液が固まってるせいで切れ味が悪いんですよね。まあ、その分、痛みは増すかもしれませんが……」
淡々とした口調。楽しげな笑み。
それがハルキの神経を逆撫でする。
だが、彼の意識は目の前の葉月に向けられていた。
彼女は震えながら、涙に濡れた瞳でこちらを見上げる。
「ハルキくん……ごめん……ごめんなさい……」
か細い声で、訴えるように言う。
葉月は両手を握り締め、震えながら懇願するように続けた。
「殺そうとはしないで……お願い……」
彼女の涙を見ても、ハルキの心は微動だにしなかった。
静かに葉月を見下ろし、低い声で呟く。
「……君は、たった一言で周りを動かしてしまった。気づいて、それを取り繕って……優しいふりをして、自分は悪くないって思い込んでたんだろうね」
葉月は必死に首を振る。
「ええ……でも、悪気はなかったの……本当に……」
ハルキは乾いた笑いを漏らす。
「悪気がなかった? それで済むならどんなに良かったか……」
その言葉の裏には、押し殺した怒りが滲んでいた。
「でも、それで僕は自信を失ったんだ。サークル内だけでなく、学校中の友達に裏切られて、笑われて……。誰かがいじられれば、自分は安全だって思ったやつら。見て楽しんでたやつら。見て見ぬふりをしたやつら……全部が、この結果さ」
視線が、教室の隅へ向く。
黒い布をかけられた遺体たち。
もう動かない彼らの姿が、ハルキの脳裏に焼き付く。
静かに、教室の隅に転がっていた剣山を拾い上げる。
錆びた鉄針の先端には、微かに乾いた血がこびりついていた。
手に取ると、重みがあった。
「スダの言った通り、じわじわ死んでいくのも悪くないかもね」
剣山を眺めながら、ハルキはゆっくりと葉月に向かって歩き出す。
足音が響く。
「う……うう……やめて……」
葉月の声が震え、後ずさる。
それでも、ハルキの足は止まらない。
「僕はね、君の『一言』のせいで三年間もいじられ続けたんだ。それも、君が何も気にしてない顔で過ごしてた間、ずっとだよ……」
葉月はその場にへたり込む。
震えながら、涙を流し、何度も「ごめんなさい」と繰り返す。
しかし、ハルキの表情は冷徹そのものだった。
静かに、剣山を振り上げる。
葉月の瞳が恐怖に引きつる。
「――さあ、どうする? ハルキくん」
スダの声が響く。
彼は腕を組みながら、微笑を浮かべていた。
「君の復讐は完成するのかな?」
その声は、静かにハルキの心を蝕んでいく。
「復讐ってさ、やり終えた後は結構スッキリするものらしいですよ。……まあ、やったことは消えませんけどね」
ハルキの手が、剣山を強く握り締める。
指先が白くなるほどに。
葉月は泣きじゃくりながら、震える手を差し伸べる。
「お願い……もう、こんなの嫌……」
その言葉を聞きながらも、ハルキの腕はゆっくりと振り下ろされようとしていた。
スダの笑みが、より深くなる。
この地獄の終焉は、すぐそこまで迫っていた。
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