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田島がパソコンを開いてチャンネル名の入力欄を見つめていると、まどかが隣にぴょこんと顔を寄せてきた。子供のように興味津々で、画面を覗き込む。
その目は白濁しているはずなのに、なぜか光を宿しているように見えた。
田島は一瞬、息を呑む。
“死んでるはずなのに、生きてる”──その矛盾が、まどかの瞳に凝縮されていた。
「“土の中からこんにちは”とか、絶対イヤだからね」
「え、ちょっと可愛くない?」
「可愛くない。臭そう」
「まあ、実際ちょっと臭かったけどな」
「うるさい!」
田島は笑いながら、入力欄に手を伸ばす。
「じゃあ、どうする?まどかが決めていいよ」
まどかは少し考えてから、ぽつりと呟いた。
「“ちょっとだけ生きてみた”って言葉、なんか好きなんだよね」
「じゃあ、“ちょっとだけ生きてみたゾンビちゃんねる”」
「決定!」
その瞬間、田島の頭の中に、まどかの言葉がふと響いた。
──“ちょっとだけ生きてみた”って言葉、なんか好きなんだよね。
記憶がないはずなのに。
なのに、どうしてそんな言葉を。
“ちょっとだけ生きてみた”──
そのフレーズが、まるでリフレインのように田島の脳内を巡る。
「で、初投稿はどうする?」
まどかが聞くと、田島は少し黙ってから、机の下に手を伸ばした。
おもむろにカメラを取り出し、まどかの前に置く。
「ここだよ」
「……え?」
「まどかに出会ったとき、たまたま撮ってた。キャンプ動画の途中で」
「え、あのとき?」
「うん。テントの前に固定してたカメラが、たまたままどかが埋まってた方向を向いてた。偶然、録れてたんだ」
田島はパソコンにカメラを接続し、編集ソフトを立ち上げる。
画面には、焚き火の炎が揺れている。
風の音とパチパチという音だけが響く中、土がもぞもぞと動き始める。
田島はナレーションを入れながら、映像を整えていく。
「ソロキャンプ中に、俺はゾンビに出会った──」
次のカットで、まどかの手がぬっと現れる。
まどかは映像をじっと見つめていたが、ふと眉をひそめた。
「……あれ? 私が埋まってる場所に歩いてるシーンの後、いきなり手が出てきてない?」
田島は一瞬固まった。
「え、ああ……そうかな?」
「なんか、間が飛んでる感じ。編集した?」
「……いや、あの……誤って消しちゃった」
「誤って?」
「うん、保存ミスで……たぶん」
まどかは田島の顔をじっと見つめた。
その目には、明らかに“嘘だな”という光が宿っていた。
田島は視線をそらしながら、心の中でつぶやいた。
──まさか、あのシーンを見せるわけにはいかないからな。
でも、まどかはそれ以上何も言わなかった。
「……まあ、いいけど」
まどかは視線を画面に戻した。
「出てくる瞬間はちゃんと映ってるし」
「うん。そこはバッチリ」
田島は映像にテロップを入れながら、場所の情報をどうするか悩んでいた。
「本当は、キャンプ場の場所は伏せたいんだけど……」
「でも、埋めたやつが見てるなら、場所のヒントがあったほうがいいよね」
「そう。だから、“〇〇山のふもとの林道沿い”くらいは出す。風景もそのまま使う」
「見たことある人なら、食いついてくるかも」
「それを狙ってる」
田島はナレーションを追加する。
「そのまま車に乗せて、家に連れて帰った。今は、うちで居候してる」
そして、編集ソフトのタイムラインを見ながら、田島が言った。
「じゃ、このあとのシーンを撮影しよう!」
カメラの位置を調整し、ソファの前に三脚を立てる。
まどかと田島が並んで座る。
部屋の照明は少し落とされ、画面には二人の顔が柔らかく映る。
田島がカメラに向かって話し始める。
「この動画は、俺のキャンプチャンネルで公開します。でも、次回からは“ゾンビちゃんねる”に移行します」
「まどかは記憶がありません。名前も、過去も、なぜ埋められていたのかも──何もわかっていません」
「だからこれから、記憶をたどる旅を始めます。まどか自身の“自分探し”でもあります」
「動画を通して、何か手がかりが見つかればと思っています」
まどかが少しだけ前に出て、カメラに向かって言う。
「ちょっとだけ、生きてみることにしました。よろしくお願いします」
田島は録画を止め、まどかに向かって「うんうん」と言わんばかりに大きくうなずいた。
──ゾンビが土から這い出て、記憶喪失で居候しているなんて、フィクションにしか見えない。
まどかの風貌も、かなり手の込んだ特殊メイクとしか思わないだろう。
田島は静かに編集ソフトを立ち上げた。
パソコンに向き直ると、無言でタイムラインを操作し始める。
カットの繋ぎ、テロップの挿入、音量の微調整──その手つきは迷いがなく、まるで呼吸するように滑らかだった。
まどかは隣でそれを見ながら、少しだけ目を丸くする。
「……慣れてるんだね」
「まあ、キャンプ動画で鍛えられたから」
田島は笑いもせず、淡々と作業を続ける。
そして、1時間も経たないうちに、動画は一本に仕上がった。
キャンプ場での出会いから、家での自己紹介、今後の活動方針まで──すべてが一本の流れになっていた。
田島は公開ボタンにカーソルを合わせる。
「準備、いい?」
「うん」
クリック音が響いた。
画面には、再生回数「0」の動画が表示される。
でも、その裏には──土の匂いと、埋められた記憶が、静かに動き始めていた。