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リアンによる風属性魔法での強制換気が済み、拠点内がやっと元通りになった。悪気は微塵も無かったとはいえ、五朗には「もう料理はするな」とのお達しが焔から下った。あれはもう、投げれば武器になりそうなレベルの物で、とてもじゃないが口に入れるなど到底無理な話だ。出来れば見るのすらも勘弁したい。
「さてと…… 。ソフィアさん、ハーブティーを淹れて下さってありがとうございます」
『いえいえ』
ソフィアはテーブルの側でふわりと浮かび、三人は椅子に腰掛けている。
温かな茶を前にしたおかげで気持ちが段々と落ち着いていき、カップから立ち登る香りで心が癒される。『香り』とは本来こうあるべきだと、お手本にしたいくらいだ。
「さっきのアレは、ちゃんと深く埋めて来ましたか?」
「うい。裏手の少し離れた場所にちゃんと深く埋めて来たっす。でも何でですか?ちょっと匂いはアレでしたし、見た目もまぁ少しは崩れていましたけど、初心者なんてあんなもんでしょ」
ちょっと? 少し崩れた?
いや、アレはそんなレベルで済む代物では無かったが、五朗にはその程度の範囲の物だったらしい。きっと許容出来る範囲が他人とは違い過ぎるタイプなのだろう。『ところで五朗はアレらの味見をしたんだろうか?生きているからしていないと思うべきか?』とリアンは少し気になったが、『んな事は、別にどうでもいいか』と考えを即切り替える。
「さて、夜も遅いですし、早速本題に入りましょう」
「そうだな」
「ういっす」
焔達二人が同意して、五朗はしっかりと背筋を正した。
「……三人とも、『魔毒士』という職業を知っていますか?」
「いや。全く知らん」
焔は不思議そうな顔をし、五朗は「自分もっす」と言って首を横に振った。
『ワタクシは少しだけ。転職する事でしかなれない上級の職業ですよね。最低限必要な能力値の条件も厳しく、確か下級の職業がかなりの高レベルでなければならず、転職の為のクエストを受けないといけないはずです』
「流石ですね、その通りです」
優等生な回答を前にした教師の様な笑顔をリアンが浮かべた。
「本人が元来持ち合わせている才能も必要なので、転職可能な人は稀な職業です。主人の『召喚士』並に転職対象としては難易度の高いものと言えるでしょう」
「……『召喚士』も、なろうとするには難しい職業だったのか。驚きだな」
他にたいして魅力的な職業が無かったからという消去法で選んだ職だったので、条件の厳しさなんか気にも留めていなかった為『そうだったのか』と言いたげにぽかんと焔が口を開けている。
『主人は転職するおつもりはないのですか?召喚士のレベルはもうMaxで、99になっていますけれども』
「無い。他の職業に転職したら、リアンが消えてしまうだろう?それは嫌だ」
テーブルに頬杖をついたまま、焔がリアンの胸を鷲掴む。当然の様にリアンは喜びに顔を綻ばせ、そっと俯きながら両手で真っ赤な顔を覆った。
(消えて欲しくないとか……つまりずっと俺と、永遠、永劫の刻を一緒に居たいと言うも同義じゃないか!)
歓喜で体を震わせるリアンに向かい、五朗が「んで、その魔毒士がどうしたんすか?」と問い掛ける。幸せに浸っていたいタイミングなのに空気も読まずそう訊かれた事で、リアンの中で五朗への好感度が見事に下がった。
だが今は時間が惜しい。このままでは話が先に進まないのも事実なので、リアンが一度咳払いをして気持ちを元に戻す。
「『山賊』がパーティーメンバーに居続けるのは、今後の事を考えると非常に厄介です。メリットはほぼ皆無で、ほとんど戦力にもなりませんし、ハッキリ言って私達のお荷物にしかなりません。——ですが、先程のお手並みで毒作成のスキルがある事は実証済みですので、五朗は早々に『魔毒士』への転職を試みてはいかがかと」
「……毒なんか作ってないっすけど」
『確かに……アレは凄い腕前です。ワタクシは永い刻を生きてきましたが、初めて気絶というものを経験しました』
「あぁ、かなり強烈だったな。不快ではあるが激臭ではない微妙なラインで、でも異臭ではあるから嗅いではいたくない不思議な代物だった。もし食えば生まれて初めて腹を壊しそうな不安を感じたし、見た目は……完全に吐瀉物だったのが残念でならん」
「みんなして酷い!言い過ぎっすよ」
悲しそうな顔をしながら五朗がそう叫んだが誰も同情はしていない。全て事実だからだ。
「きっと元の世界でもなかなかな腕前であり、この世界のシステムで余計にその部分が誇張されているのでしょうね」
「料理下手か……。生涯関わりたくない生き物じゃな」
どうしてそれを拾ってしまったのか。流れで仕方なくだったとはいえ、美味しいモノが好きな焔が強く後悔する。でも今更見捨てるワケにもいかず、また一つ、早く元の世界へ戻りたい理由が増えた。
「どうでしょうか。これ以上レベルの上限を向かえた『山賊』を続けるメリットは微塵もありませんし、ここは一つ、さっさと『魔毒士』へ転職なさっては?」
即答だった。
「——は?」と言ったリアンの声は少し怒り気味だ。断る理由がわからない。
「いーやーでーすぅ!断ります!お礼にと作った料理を毒物扱いされて嬉しいワケが無いっすよね⁉︎『山賊』に未練なんかこれっぽっちも無いっすけど、そんな理由で転職して、またレベル1からリスタートなんかしてたまるかって感じっすよ!」
ふんっと拗ねながら五朗が二人と一冊から顔を逸らす。意地になっている自覚はあったが、真面目に作った料理を批判された事が気に入らない。
そういえば、学校の調理実習の時もそうだった。一回目の時点でグループの皆から微妙な反応をされ、『片橋君には食器洗いだけを頼みたいな!』と懇願された事を思い出す。
実家でもそうだ。色々忙しくって五朗以外に手が空いていなかったはずの時ですらも、『兄ちゃん達が作るからお前は片付けだけを頼む』と言われてしまっていたのだ。
『——そう、なんですか?そうですか、そうですか。それは非常に残念です。……五朗さんには、“山賊”などのような下級職なんかよりも、断っ然、“魔毒士”の様な上級職の方がお似合いでしたのに。魔法で毒を操り、敵を翻弄するお姿を見られるのかと思うと、とても楽しみでしたので、正直がっかりです。ですが仕方がないですよね、転職は他者に強制されてするものではありませんから。……でも、本当に残念でなりません』
大袈裟過ぎる程の大きなため息を吐きつつ、ソフィアが項垂れるみたいな角度になる。すると、そんな彼の姿を見た途端、五朗の態度が一変した。
バンッとテーブルを叩きつつ、椅子から立ち上がって五朗が高らかに宣言した。ちょっと興奮気味で、ソフィアにいい格好したくてたまらないという顔だ。
(コレでよろしかったですか?)
(えぇ、ありがとうございます)
——と、視線っぽいモノだけでソフィアとリアンが会話する。
空気を読むのが得意なソフィアが、パーテーの為に、五朗から好かれている事実をフル活用したのだ。別にソフィアの本心としては全く楽しみではないのだが、胡散臭い演技をしててでも転職してもらうメリットの方が大きい事は誰の目から見ても明らかだから。
「じゃあ決まりだな」
ヨシッと頷き、焔が椅子から立ち上がる。隣に座っていたリアンも同時に席を立ち、焔の肩にそっと両の手を置いた。
「決断してもらえて良かったです。では明日は朝一番で冒険者ギルドへ行って、クエストを受けましょうか」
『そうですね。今夜はもう遅いですし、今からまた村へ戻るのも体力的に無理でしょうから』
「そっすね……。今からまたあの道程をUターンするとか、『死ね』と言われてるも同然なんで」
テーブルに突っ伏し、五朗が安堵した顔になった。
「じゃあ、部屋にはソフィアが案内してくれ。俺はもう寝る」
『かしこまりました、主人。では、お休みなさいませ』
「あぁ、おやすみ」と言いながら焔がリアンと共に二階へと上がって行く。寄り添う姿があまりに自然で、まるで恋人同士の様だ。
「……仲、いいっすよねぇ、あのお二人は」
突っ伏したまま、二階へ行く二人の姿をじっと観察していた五朗がぽつりとこぼした。
『えぇ、そうですね。でも召喚士と召喚魔なのですから当然ではないかと』
ソフィアは、もしかしたら既に二人は恋愛関係なのではないだろうかと思いつつも、一応ぼかして答える。本人達からそう宣言されてもいないのに、そうだと決め付ける真似はしたくない。
「……リアンさんに、騙されてる訳じゃないといいんっすけどねぇ」
(主人さんは、なーんか純朴そうだからなぁ)
と、思いながら呟いた言葉はあまりに小さく、『さて、貴方もとっとと休んで下さい。明日は忙しいですよ!』と言ったソフィアの声で掻き消されてしまった。