ホテルへ着いた二人は、すぐ部屋へ向かった。
一日中外にいたので身体中が汗でベタベタだった。
一刻も早くシャワーを浴びたい。
エレベーターが最上階に着くと、二人は並んで廊下を歩き始める。
「じゃあ6時にロビーで…」
健吾がそう言いかけた時、健吾の部屋の数メートル手前に女性が立っているのが見えた。
女性は何をするでもなく突っ立ってスマホをいじっている。
「あっ、あの人」
理紗子が小声で呟いた。
それと同時に健吾も言った。
「非常にまずいな……」
そこにいた女性は、今朝二人が出かける際に健吾に声をかけて来た女だった。
「俺達の部屋が別々だとバレるのはまずい。とりあえず一度俺の部屋に一緒に来てくれ!」
健吾が小声で言うと、
「わかった」
理紗子はすぐに返事をした。
さすがの理紗子も、今がどういう状況なのかすぐに察したようだ。
そして理紗子は何事もなかったかのように笑顔を浮かべて健吾の後に続く。
その時麗奈は白々しい作り笑顔で健吾に声をかける。
「あら、またお会いしましたね。今お帰りですか?」
「はい」
健吾は一言だけ返した。
その時麗奈は健吾の後ろにいる理紗子を見つめ、理紗子が身に着けているペンダントとピアスを舐めるように見た。
そしてすぐに視線を健吾に戻すとこう聞いた。
「健吾さんのお部屋って、やっぱりスイートですか?」
いきなりぶしつけな事を聞いて来たので理紗子は驚く。
友人でも知人でもなくただのイチ視聴者なのに、そんな個人的な事を聞いてくる麗奈の神経を疑った。
この人には常識というものがないのだろうか?
しかし健吾はそういう女性に慣れっこなのか特に驚く様子もなくこう答えた。
「それが何か?」
「いえ、私はその三つ手前のお部屋なんです。お近くだなーって思って。またお会いするかもしれませんね」
麗奈は身体をくねらせながら色っぽい眼差しで健吾を見つめる。
その仕草を見て理紗子はゾクッとする。
もちろん嫌悪感の方の「ゾクッ」だ。
女性慣れしていない男性に今のような仕草をしたらすぐにノックアウトだろう。
しかし健吾には全く効果はないようだ。
(さすがスパダリ男だわ!)
そして健吾は麗奈の言葉に冷静にこう言った。
「そうですね。では失礼します」
健吾は優しくエスコートするように理紗子の背に手を添えると、理紗子をスイートルームへと誘導した。
スイートルームのドアが閉まると、麗奈はもの凄い形相でドアを睨みつける。
誰が見てもゾッとするような恐ろしい表情だ。
一方、無事に部屋に入った二人は同時にフーッと息を吐く。
「かなりまずくない? 部屋が同じ階って…….」
「まずいな、一体どうしたものか…….」
「もうさ、これは偽装恋人だって種明かししちゃえば?」
理紗子がもうどうでもいいというようにあっけらかんと言うと、
「そんな事言える訳ないだろう」
健吾が困ったように言う。
健吾にとっては彼女のようなタイプが一番厄介なのだろう。
その事は理紗子にもよくわかる。
麗奈は同性の理紗子から見てもかなりヤバそうだった。
彼女からは何かこう強い意志のようなものを感じる。
彼女を動物で例えるなら、目標を定めたら手に入れるまでは絶対に諦めない
『女豹』
だろう。
追われる側の草食動物・健吾の気持ちを思うとご愁傷様ですと言いたいところだ。
しかし部屋がこんなに近かったら、二人が偽装恋人だとバレてしまうのも時間の問題だろう。
麗奈の事だから、逐一健吾の行動をチェックするに違いない。
「よしっ、名案を思い付いたぞ! 理紗子、君の部屋の荷物を全部こっちへ移せ!」
「えっ?」
「引っ越して来い、この部屋に」
「えっ、で、でも、それって?」
「一晩くらい一緒の部屋でも問題ないだろう? 部屋は広いんだしどうせ明日には帰るんだから」
「えっ? でも、さすがにそれは…」
理紗子は苦笑いを浮かべて健吾の顔を見る。
「俺達は一昨日の晩一緒に寝た仲だよな? だから特に問題はないだろう?」
健吾はニヤッと笑って言った。
「………..」
理紗子が無言で固まっていると、
「冗談だよ。余計な心配はしなくていい、俺はソファーで寝るから。それにどうせ俺は今夜相場から目が離せないから徹夜だ。だから理紗子は一人で寝室を自由に使えばいい。それなら文句はないだろう?」
「うーん」
「頼むよ! あの女豹に捕まったら地獄だ」
健吾が麗奈の事を『女豹』と言ったので理紗子は思わず笑った。
「うーん、わかった。あ、でも荷物を運んでいる時にばったり会っちゃったらどうしよう」
「それなら心配ない。彼女は今ロビーに降りて行ったようだから俺も追って下に行く。そこで彼女が俺に話しかけてきたら少しだけ引き止めておくよ。OKの合図はスマホからのワンコールだ。ワンコール鳴ったら作戦遂行だ!」
健吾がそう説明すると理紗子は頷く。
「じゃあ今から任務遂行だ!」
健吾は財布とスマホだけを持つとロビーへ向かった。
なんだか変な緊張感が理紗子を襲う。
スマホが鳴ったらすぐに自分の部屋に行かなければならないのだ。
理紗子は頭の中で自分の荷物をまとめる手順をシュミレーションしながら、その時を待った。
5~6分経った時、スマホの着信音が一度だけ鳴った。
理紗子は、
「よしっ! 今よっ!」
と呟くと、スイートルームを飛び出し自分の部屋まで走って行った。
コメント
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女豹🐆しつこそう〰️😨 ワンコールと同時に猛ダッシュの理沙子を想像するとめちゃくちゃ可愛くて、でも愉快でニマニマしちゃいます😂
女豹🐆、怖いなぁ~((( ;゚Д゚))) バレずに上手くお引っ越し出来ると良いね....
女豹より蛇みたいな感じ…怖い😟