──放課後の教室。
誰もいなくなった机の列の中で、遥は自分の席に座っていた。
目の前のノートは開いたまま、文字はもう頭に入ってこない。
ただ、机の端に置かれた小さな紙切れが、視界の隅で何度も滲んで見えた。
「もう、話しかけんな」
その字の形、力の抜け方。
見間違えるはずがなかった。
日下部の筆跡。
震えた指で何度も折りたたんで、開いて、また握りしめた。
息を吸うたび、胸が痛んだ。
──どうしてだろう。
自分が何かを壊したことは、わかってる。
でも、どうしてあんなことを言ってしまったのか、説明できない。
あのとき、ただ「守りたかった」だけだった。
あいつを──自分のせいで傷つけたくなかった。
でも、結果は逆だった。
守るどころか、押し潰した。
教室の窓の外、部活の声が遠くに聞こえる。
夕陽の色が、机に落ちて、紙片を照らしていた。
その光がやけにまぶしくて、目を細めた。
「……日下部、」
声に出しても、返ってくるのは沈黙だけ。
名前の響きが、空気の中に溶けていく。
「俺、そんなつもりじゃ……なかったんだ」
言葉が途中で途切れた。
喉が締めつけられて、声が出なかった。
少し前まで、隣で笑っていたのに。
何気ない会話が、日常みたいに続くと思っていたのに。
今は、もう戻れない。
何を言っても、きっと届かない。
──“ごめん”じゃ、足りない。
その言葉しか持たない自分が、情けなかった。
紙を見つめたまま、遥は小さく息を吐いた。
「……俺が、全部間違ってたんだよな」
誰に聞かせるでもなく、ただ呟いた。
その声はすぐに消えて、静かな教室に、風の音だけが残った。
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