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その頃、月子は母の住まう男爵邸の別館で花嫁衣装に身を包んでいた。
「月子ちゃん、綺麗だよ!」
「いやぁー!ほんとに綺麗だ!」
男爵の計らいで集まってきている、神田旭町のご近所さん達が、口々に月子の晴れの姿を褒め称えた。
「……本当に、綺麗だよ」
晴れ着姿の母は、薄っすら涙を浮かべ花嫁姿の月子に見入っている。
「母さん……」
月子も、いきなりの祝言に面食らいつつも、胸が一杯になっていた。
「月子、本当に、幸せだね。男爵様がこんなにも良くしてくれて……」
「あったりまえだ!月子ちゃんは苦労してきたんだから、しあわせにならねぇと!なぁ、皆!」
これまた晴れ着姿の亀屋の主人寅吉が激を飛ばす。
「ああ、そうだよ!」
「男爵様に、甘えとけばいいんだよ!」
「しっかし、流石に男爵様だねぇ!設えといい、祝い膳といい、豪華だぁー!」
「てぇーか、適当にやっといてくれって、祝い酒振るまうったぁ、太っ腹だよねぇ!」
招待されている、顔馴染みの女将さん達も豪快に笑いながら、あれこれ口を挟んでくる。
「……月子、男爵様には感謝しないとね。西条の家との折り合いもあるだろうからって、上手くまとめてくれて、極々身内だけのお式にしてくれたのだから……」
月子の母は、小さく頷き微笑んだ。
結納の時、佐紀子と一悶着あっただけに、この気負わなくて良い面子だけの祝言は月子にも安心できるものだった。
そして、思えば月子には、式に招く親族がいない。そんな諸々を男爵家側が考慮してくれ、この異例の挙式を開いてくれたのだ。
「さあさあ、祝いの席だ!遠慮なく頂いちまおうぜ!そのうち京さんも、くることだし!」
酒杯片手に二代目が弾ける。
「あんたっ!ちょっとは遠慮ってものないのっ?!」
式を挙げすっかり妻の顔になった梅子が、夫──二代目へ目くじらを立てた。
「あはは、こっちも熱いねぇ!」
「そうだ!二代目も、式挙げたばかりだよねぇ!」
「いまから、尻に敷かれてるのかい?」
すでに祝い酒に口をつけている女将さん達は、からかい半分、出来上がり半分で、二代目と梅子へちょっかいをだし始める。
「ほら!言われてる!もお!しっかりしなよぉ!」
「うっせぇぞ!梅子!」
場は、厳かな挙式前とはかけ離れ、いつもの下町、神田旭町のにぎやかさになっていた。
「ふふふ、これもいいかもね……」
月子の母が、嬉しそうに目を細め笑っている。
「母さん、そうだね。お世話になってる皆さんに祝ってもらえて……こうゆうのも悪くないよね……」
月子も、気負わないいつもの風景にクスクス笑っている。
と──。
「な、何してる!なんだこれは?!二代目!!」
襖が開き、支度が済んだ岩崎が登場したが、大騒ぎの有様に呆然として、声を張り上げていた。
「おっ!新郎のお出まし出ぜー!女将さん達ーー!祝言だ!祝言!」
「いゃーー!色男の登場だよっ!」
「京さん!いい男だねぇ!」
二代目及び招待されている面々は、すっかり出来上がり、顔を真っ赤にしながら、岩崎の登場を受け止めた。口々に、ヤジのような言葉を発しながら……。
唯一、しっかりしている梅子が、見かねて取り仕切る。
「さあ、京介様、こちらへお座りください。旦那様達、何なされてるのかしら。これ、どうしろっていうのーー!」
「う、梅子、何がなんだかなんだが、そもそも、お前も祝言なのでは?」
「あーー、なんか、京介様と月子様の祝言だって、うちの人に連れてこられたんです。あっ、本日はおめでとうございます!」
やっと、祝言前らしい挨拶が交わされようとする。
そして、結局、梅子の仕切りで、設えられていた金屏風の前に、岩崎と月子は並ばされた。
「はいはい!皆さん!新郎新婦のご入場ですよーー!あーー!高砂歌わないと!お咲!!」
梅子一人が延々と仕切る。皆は、酔っぱらって、ヘラヘラしているだけだ。
「月子様!ちゃんと祝言の形にはしますからね!このまま、酔っ払いの集まりにはしませんから!!」
「いよっ!梅ちゃん!さすがだね!」
「田口屋も安泰だ!」
梅子の仕切りにも、酔っ払い達のヤジが飛んだ。
「あーー!もうーー!お式が台無し!」
「梅子さん。私は大丈夫です。とても楽しいですよ」
月子も、この緩みきった空気に、緊張が溶けたのか、采配を取ろうとしている梅子を労う事で笑った。
「まあ、月子が納得してるなら……よかろう……」
と、岩崎も隣に座る月子に目をやるが、ぐっと喉を鳴らし固まりきる。
「燕尾服と文金高島田ってのも、金屏風に映えるねぇ~」
「あたしも、洋装と和装で、祝言あげたかったよ」
「女将さん達なあ、こりゃ、京さんと、月子ちゃんたから成り立つんだぜぇ」
ああ、二代目の言う通りと、酔っ払いつつも、女将さん達は、金屏風の前に座る新郎と新婦──岩崎と月子を穴が開くかのように眺めだす。
「あらあら!遅れちゃったのかしら?!」
ご機嫌な声がして、ドレス姿の芳子が男爵と共に現れた。
「どうせなら、私も一曲お祝いにと思って、ドレスに着替えちやったのよーー」
「義姉上!」
何か違うだろうと、岩崎が直感的に叫んでいた。
「きゃーー!京介さん!声が大きいわーー!せっかくのお式が台無しじゃなくて?!」
耳をふさぎつつ、芳子が抗議する。
「……月子、すまんな。とんでもない式になってしまって……」
「いえ、皆さんにお祝いしていただいて……嬉しいです」
詫びる岩崎へ、月子はしおらしく言った。
二人の間に暫くの間が空く。
「やだなあ、京介様、月子様に見惚れちゃって!あたし、そう言えば、そんなに晴れの姿を、うちの人に、見られてないかもーー!」
梅子が、口をとがらせ、酒杯を交わしている二代目へチラリと目をやる。
「……いや、その、突然だったから……月子、なんだ、その、よく似合っている……」
しどろもどろの岩崎に
「あ、ありがとうご、ございます……京介さんも素敵……です……」
月子も、頬を染めて答え、互いに意識し合いガチガチになった。そんな二人に、たちまち皆から、からかいのヤジが飛ぶ。
そこへ、いきなりバイオリンの音色が流れだし、何事かと皆が注目した先には、中村とお咲が立っていた。
「では、おめでたい高砂を、今や天才少女歌手、花園咲子ことお咲に歌ってもらいましょう!」
中村がバイオリンの弓を引きながら、朗々と言った。