「でしょ。自慢の息子なの。きっと私に似たのね」
私に、似た……。へー、篤人と山田さんって似てるんだ、そりゃ息子なんだもんねって……。
「む、むむ、息子!!!!」
あんまりびっくりして立ちあがろうとして、イスから転がり落ちそうになる。
「花音!!」
どさっと抱き止められて、温かい胸の中のすぽっと収まる。
「大丈夫?」
見上げればそこには大好きな人の顔。
あ、いや、しゃ、社長の御曹司……ええええーっ!!!
「声、でっか」
最後の叫びは我慢できなくて、声に出てしまったようだ。
「あ、あ、あ、あの……」
「だから言っただろ。驚かせるかもって」
頭の整理は全くつかないし、仕事になんて戻れるはずもない。
会議室の片づけを終え、申し訳ないけれど早退させてほしいと部長に願い出る。ふらふらと退勤し、篤人のマンションに戻ってきたのは15時を過ぎていた。 とにかくシャワーを浴びよう。頭の整理はそれからだ。
ザッとシャワーを浴びながら、ほんの数時間前の会議のことを思い出す。
情報漏洩は、やっぱり二人でやっていたんだ。恋愛関係は偽装だったってことかな。利害一致した末のことなのかな。
篤人が片付けの途中で、別室に呼ばれていたから、帰ってきたら詳しいことがわかるはず。
燎子が言った、泥棒ネコ。あれはいったいどういう意味なんだろう。
私が燎子から、彼氏をとったことはない。いや、もしかしたら、しらないうちにとったことがあったのだろうか? いやいや、そんなことない。
少し温度を低めにしたシャワーを浴びて無理矢理目を覚ます。一度メイクもすべてオフしてルームウェアに着替えた。
ソファに突っ伏して寝そべる。胸のドキドキがまだ燻っている。
ローテーブルに置いていたスマホが鳴動するので、手を伸ばして画面を見ると、篤人からのメッセージだった。
『大丈夫? こっち落ち着いたらすぐ帰るから』
事情を聞かれている篤人も、しばらくは帰ってこないだろう。証拠のボイスレコーダーや、写真を提示すれば自白するに違いない。
終わった。全部。これで復讐劇の幕は降りた。2人は間違いなく解雇になる。
スマホをローテーブルに置き、もう一度ソファに突っ伏した。
今日、ホテルで食事をする気になれるのだろうか。そんな思いを抱えながら、降り始めた雨の音がだんだん強くなってきた。その音を聞きながら、うとうとと眠りに落ちた。
物音がして、パッと身体を起こした。窓からはまだ明るい日が差している。よかった、そんなに眠っていないみたい。
リビングのドアを開けて、篤人が部屋に入ってくる。パタパタと駆け寄って篤人に抱きついた。
「ただいま。……大丈夫?」
「まだドキドキしてる」
「ホテル、どうする?」
「……行く」
時間はまだ17時。篤人も少し早めに上がってきたという。ホテルのディナーの予約は19時らしい。
シャワーを浴びた篤人。着替えを済ませたのは18時過ぎ。
ソファに座ってテレビを見ていた私の隣に、篤人がすとんと座った。
「そろそろ行く?」
「ねぇ、篤人。ホテル行く前に聞きたいことがあるんだけど」
「うん」
「あの、篤人が御曹司っていうのは……」
「本当だよ。ついでに言うと母親は山田さん」
黙っててごめんと篤人は罰が悪そうにつぶやいた。
「ううん。びっくりしただけだから」
「だよね、ほんとごめん」
「……風見さんと、燎子はどうなったの?」
篤人は、燎子と伊吹が別室に連れて行かれたあと、内線で別室に来るよう呼ばれていたから、その後のことを知っているはず。ホテルに行く前にそれをきいておきたかった。
「とりあえず自宅謹慎で、明日には懲戒解雇だと思う」
「そっ……か。ねぇ、燎子と話した?」
「少しだけ」
「私を恨んでた理由って何か言ってた?」
「えっと……」
篤人は床に目を落とす。どくどくと血が脳内を巡る音がして、緊張で息が荒くなる。
「……うらやましかったみたいだよ。花音は、美濃さんに無いものを全部持ってるようにみえたんだって」
「全部?」
「きれいで、かわいくて頭もいいし、仕事もできる。自分にないもの全て持ってる花音がうらやましくて仕方なかった。そう言ってたよ」
なに、それ。ほんとにそれだけ? 「他には? 何か言ってた?」
「いや、それ以上はなにも……」
「そっ……か」
「もう、二度と会うこともないと思うし、もし何かしてきたとしても、俺が守るよ」
「うん……、ありがと」
ぎゅっと静かに抱き寄せられて、篤人の胸におさまる。
「花音、もう行こう? これ以上こうしてたら抱きたくなる」
くすくすと笑い合ってマンションを出て、タクシーでホテルに向かった。篤人はレストランで予定していたディナーを、ルームサービスにかえてくれていた。
ずいぶん疲弊していたので、のんびりと部屋で食事が取れるのはありがたかった。
「部屋は何階なの?」
「42階」
「ひぇっ!!」
名古屋駅直結のラグジュアリーホテル。42階は最上階だ。そこに泊まるの!? いったい、いくらするの? そんな気持ちであわあわとエレベーターに乗り込み、いつの間にか部屋のドアの前に立っていた。
ルームキーをかざして、部屋の中へ入ると、目の前に大きなリビング。大きなダイニングテーブルはパーティーができそうなほどだ。
きれいな花が飾ってあって、いい香りがしている。
大きな窓の外は、名古屋のきれいな夜景が広がっていた。
人生で一度は泊まってみたいと思っていたこの部屋。あまりの美しさに、ガラスに手をついて息をつく。
「どう?」
「す、すごいね……この部屋一泊いくら……んっ」
後ろから抱きしめられる。顎をぐいっと掴まれて、熱いキスが降ってきた。
「……お祝い、始めようか」
「うん!!」
もうすぐルームサービスが来るから、と篤人が言う。ワインのメニュー表を一緒に見ながら、どれにしようかとあれこれ話し始める。ややあって部屋に料理が運ばれてきた。