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#和風ファンタジー
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「保険証書……ですか?」
逗子は恐る恐る、森に聞いた。
「そうだ。金を貸す時に、俺がお前に言ったことを忘れたのか?」
「覚えてます。森社長が担保代わりに生命保険に入れと言って、保険金の受取人を紗羅……梶原紗羅にしろって言ったことも、ちゃんと覚えてます」
森はニヤリと笑った。
「ちゃんと覚えているじゃないか。ほら、早く渡せ」
「……」
無言のまま、逗子はデスクに近づく。
デスクの上にある封筒を掴んで、森に渡した逗子は意を決した顔で森に聞く。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「融資をしてくれた時、森社長はれみの紹介だから貸す。れみも営業成績が上がるから、担保代わりに保険に入れと仰った」
「……」
「あの時、森社長は、受取人は婚約者か妻にしろと、まだ結婚していないなら相手はれみではなく、れみの友人である紗羅にしろと……」
次第に語気を強める逗子を、森は黙って見つめる。
「理由はれみの友人が受取人ならば、れみが上手く言いくるめて、保険金が社長の元へ行くようにするからだと……。
でも森社長は、私に何か起きることはないから、無期限で貸すと言ってましたよね?」
森は「ハァ……」と大きなため息をつき、
「何を言い出すのかと思えば……。あの時と状況が違うだろ?」
と言った後、逗子に嘲笑を向けた。
「無期限は糸原がいたからだ。金を踏み倒して飛ぶつもりのお前を、黙って見逃す訳ないだろーが」
「いや、違います。踏み倒そうとか、そうじゃなくて」
狼狽えながら森を見る逗子の顔。
徐々に切実な表情に変わっていったのだが——
「で、でも!紗羅の保険証書を持っていくなら、俺のは必要ない……」
「馬鹿か、お前は」
森は逗子の言葉を遮って言う。
「梶原紗羅が死んだらってことだろ?
助かったら、どうする?
お前に金は入らない。
なら、お前の保険で返してもらうしかないだろう」
「ま、まさか……」
森は口角をクッと上げて笑った。
「安心しろ。俺がお前に手を下すことはない」
その言葉を聞いて、逗子は安堵の表情を浮かべたのだが、
すぐに絶望に変わる。
何故なら——
「手を下さなくても……」
と言いながらソファーから立ち上がった森が、射抜くような視線を逗子に向けて
「運命の引導は、渡し済みだ」
と言ったからだ。
「え?運命の引導……?」
逗子は森に言われたことが、理解できないまま目を見開いていた。
森は冷たい視線を逗子に向けていたが、何かに気づいたのか。
ドアが開かれたままの入り口をチラッと横目で見た森は、瞬時にニヤリと笑った。
視線を逗子に戻した森は、狡猾な笑みを浮かべて冷ややかな声を放つ。
「お前が生命保険に加入したのは、自分の身体を担保にする為だっただろ?
だから俺はお前に、無期限で金を貸すという慈悲を与えた。
しかも糸原にも慈悲、損はさせなかった。友人に男を取られても、高額契約が取れた糸原は金が入って得をした」
「……」
「そこで満足していれば良かったのに、糸原とお前は違った。己の欲望が抑えきれないお前たちは、梶原紗羅に保険をかけることにした。そうだろ?」
と森に問われたが、逗子はばつが悪そうに森から目を逸らす。
無言のままの逗子に、森は冷ややかな目を向ける。
「俺の預かり知らぬところで、お前たちがしたこと。
俺は、賽を渡しただけ。
賽を投げたのはお前だ。
その結果、お前は死神に魅入られることになったな」
森は愉快そうに笑って言う。
「運良く、長生きが出来るように祈れ」
冷たく言い放つと、森は入り口に向かって歩き出した。
森を引き止めようとした逗子は
「森社長!」
と慌てて呼び止めたのだが、その声を無視をして歩く森の進む先。
入り口を見た逗子は目を見開き
「え?」
と驚く声を上げた。
ドアが開かれたままの入り口——その先にあるのは二つの人影。
いや、影ではない。
黒いフードマントを深く被った男が、二人いる。
そのうちの一人がフードマントのフードを、下ろした。
露わになった顔は——
「え?い……つき……くん?」
目を見開いた逗子は、樹の横にいる黒いフードマントの男と樹の顔を交互に見た。
樹の横にいた男も、深く被っていたフードを下ろす。
逗子にとっては、見覚えのない顔だ。
男は少年のような顔立ちをしていたが、その顔に似つかわしくない禍々しさを纏っていた。
——だ、誰だ、こいつは?いや、それよりも……
「樹くん……君は、まだ病院にいるはず……」
いるはずのない樹がいる。
逗子は混乱した。
そんな逗子の恐怖に満ちた声を、背中越しに聞いた森は、
「あ、そうだ。言い忘れたことがあった」
ゆっくりと振り向き、冷酷な笑みを逗子に向けた。
「糸原は消える前に、梶原樹の名前を言っていたよ」
「え?」
逗子が目を見開くと、森は笑いを堪える顔をした。
「梶原樹に魂を取られたと言ってたから、お前も時間の問題だな」
そう言って森は、入り口の方に向き直る。
呆然とした顔の逗子を背にして、森は前を向いて歩き出す。
歩く先に樹達がいるが、森は一切、樹達を見ない。
樹達も森を見ることなく、逗子だけを見ていた。
一歩、また一歩と歩く森。
そして樹の横を通り過ぎようとした時に、森は小さな声を発した。
「双樹」
「——え?」
樹は驚き、思わず森の方を見たが、グリムは横目で森を視界に捉える。
口元に小さな笑みを浮かべていた森は、樹たちを横目で見る。
樹が見た森の瞳は——金色の瞳だった。