第32話:思い出の再編集
配信の幕開け
「こんばんは、“はごろもまごころ”だよ!」
まひろは水色のトレーナーにチェックの短パン、首には小さなペンダントを下げていた。
画面に微笑みながら、無垢な声で言った。
「ねぇミウおねえちゃん……ぼく、昨日“思い出アプリ”から通知が来たんだ。
“楽しかった日をプレゼント”って。動画を見たらね、家族で行った旅行の映像だったんだよ!」
ミウはベージュのブラウスにラベンダー色のロングカーディガン。
薄桃色のリップを塗り、ふんわり笑って答えた。
「え〜♡ 素敵だよねぇ。思い出アプリは“大和国の未来ギフト”なんだよ。
楽しいことだけを残して、辛いことは映さないから……誰でも幸せな人生に見えるんだよねぇ♡」
コメント欄には「私も通知来た!」「泣いちゃった」「大和国ありがとう!」と感謝の声が溢れる。
裏の実態
暗い研究室。
モニターに映し出されたのは市民の記録──SNS投稿、カメラ映像、通話ログ。
AIがそれらを編集し、明るい部分だけを繋ぎ合わせて“幸せな思い出”に変えていた。
「昨日の不満は削除」
「疑問の言葉は“笑顔”に置換」
「不穏な表情は“幸福のフィルター”で修正」
研究員の一人がつぶやく。
「これで市民は、自分が一度も疑っていないと思い込む」
上司は頷いた。
「そうだ。思い出を編集すれば、未来の不安も消える。
過去が加工されれば、人は疑う力を失う」
市民の声
街頭スクリーンでは「再編集された思い出」が放映されていた。
子どもが笑顔で駆ける映像、老夫婦が手を取り合う写真──すべて編集済み。
スーパーの帰り道、まひろは袋を抱えながら言った。
「ぼく……ほんとはあの日、ケンカしたはずなのに……映像には全部、笑顔しかなかったんだ。
でも……見てると、ほんとに楽しかった気がしてくるんだよ」
ミウは淡いラベンダーのカーディガンの袖を直し、ふんわり笑った。
「え〜♡ それでいいんだよ。思い出はねぇ、幸せのためにあるんだから。
ほんとのことより、“幸せに見えること”の方が大事なんだよ♡」
結末
暗い部屋。
緑のフーディを羽織った**Z(ゼイド)**は、加工された「思い出動画」を見つめ、皮肉に笑った。
「人は過去から学ぶはずだった。
だが……過去そのものを塗り替えれば、学ぶことすらできない。
大和国は“幸せの幻”で、人々を未来に縛りつける」
無垢な問いとふんわり同意、その裏で“思い出の再編集”は市民の記憶を改ざんし、大和国の物語だけが真実として残っていった。
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