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廊下は長く、静かだった。 歩くたび、靴の底から水の滴る音が響く。
壁には額縁が並んでいるが、中は白紙ばかり。ときおり、薄い水面のような揺らめきが浮かんでは消える。
「どんな記憶を探しているの?」
少年が振り返り、首を傾げる。
「……昔の顔を、忘れてしまったの」
自分でも不思議なほど、口が勝手に動く。
「川のほとりで笑っていた人の顔。声は覚えているのに、形が思い出せない」
「流れは戻らないよ」
少年の言葉はあっさりとしている。
けれど、その横で少女が静かに微笑んだ。
「でも、新しい流れは作れるわ」
その瞬間、壁一面に青い光が差し込み、廊下が水底のような揺らめきに包まれた。
足元の絨毯にまで水の模様が広がり、踏み出すごとに柔らかく沈むような感覚がする。
「もうすぐ着くよ」
少年の声に、私は無言で頷いた。
この館の奥に、私の探し物があるのだろうか――それとも、別の何かが待っているのだろうか。