「……なんだか、振り出しに戻ってばかりで、良くわからないけど……」
困りきる紗奈《さな》へ向かって、守孝は、ホホホと笑いながら、紗奈も、タマと、遊んでおけ。などと、言い放った。
「まあ、それが、おのぞみでしたら、紗奈も、タマも、さあ、もうここに居る必要はなくなった。晴康《はるやす》の屋敷へ向かうぞ」
え?と、干し杏子を食べていたタマは、言う常春へ顔をむけた。
「えっと、あのぉー」
「いいわよ、猫ちゃんも、一緒においで。ここいたら、唐下がりの香に、やられてしまうわ」
言い渋るタマへ、紗奈が了解すると、一の姫猫も、嬉しげに、ニャーと鳴いた。
「うん、それがいい。ゆっくりと、皆で、姫猫の話を聞いて、ついでに、晴康に、ことの成り行きを見てもらおう。なあ、紗奈」
何か、調子外れな口ぶりの常晴に紗奈は、一心たじろいだが、兄はじっと、紗奈の瞳を見つめている。
「あ、あー!そうだわ!晴康様が待っていることでしょう!早く行かなければ!そして、話を聞いてもらいましょう!兄様!」
「だろ?香の漂う場所で、そもそも、まともな話など出来ない。さあ、タマ、行くぞ!」
じゃあ、いきますかぁーと、タマは、ご機嫌だった。
「猫ちゃん、いらっしゃい。歩くのは大変だろうから、私が、抱いてってあげる」
すっかり、出立準備に入った、兄妹《きょうだい》に、守孝が、折れた。
「わかった。話す。だから、これ以上、外へ広めないでくれ」
「守孝様、そこまで、行き詰まっているのですか?」
常春の切り返しに、守孝は、渋い顔をしつつ、頷いた。
「すべては、小上臈《こじょうろう》様が、女御になれなかった、これに尽きるのだ。おかげで、父君の内大臣様の面目は丸つぶれ、更衣様に仕える小上臈《こじょうろう》として、なんとか、宮へは、押し込んだ。とはいえ、女主ではなく、それに、仕える者、なのだ。決して、御上から、声がかかることはない。妹姫の、ご婚礼も、結局、破談になって、格下も格下の家へ、嫁がれた。皆、女御様と縁続きになれる、と、読んでいた、と、いうことよ」
そして、時は流れ、一の姫君こと、小上臈《こじょうろう》は、仕える主人に、すべてをかけた。父親は、内大臣の座をどうにか、守っている。それを利用して、というべきか、父、内大臣も、娘を利用してというべきか、二人して、更衣を、後押ししたが、結果は、お末の更衣などと、皆に、蔑まれ、相手にされない──。
「小上臈《こじょうろう》様は、じれた。更衣様を利用して、栄華を極めるつもりが、これだ。そして、すがったのが、飛ぶ鳥を落とす勢いの、兄上、大納言守近、という訳さ」
「守孝様?守近様のお力で、更衣様を、押し上げる……おつもりだったのですか?でも、失礼ながら、もう御上の目に留まらないのですから……」
「うん、紗奈や、そうなのだ。男なら、兄上のお力で、と、なりえるが、女の世界では、通用しない。そこで、目をつけたのが、守恵子《もりえこ》なのだよ」
「ちょっ!!なっ、なんですかっ!守恵子様は、小上臈《こじょうろう》様とは、関係ないでしょうにっ!!」
憤る紗奈を、なだめながら、常春が、静かに言う。
「つまり、小上臈《こじょうろう》様が、守恵子様付きになると、いや、なりたいと思っていた訳なのですね?」
「そう、そのような突飛なことを言い出して、兄上も、お困りだったが、ついに、小上臈《こじょうろう》様は、守恵子のことを、内大臣へ、告げたのだ」
守恵子の父は、言わずと知れた、守近で大納言。そして、母は、左大臣の娘と──。
「内大臣も、そこで、欲が増したのだろう。その手があったかと、兄上に、近づいた……」
はあー、もう、なにがなんだか、ちょっと、他家の姫を利用するって、ズレてますよー!!!
さらに、怒りを吐き出す紗奈の、脇で、常春が、首をかしげている。
「守孝様?結局、御屋敷にいるはずの姫君、なのですか?守恵子様なのですか?」
うん、と、守孝は、頷き、紗奈は、何か、話が読めないと、不服そうな顔をしている。
「……申し訳ありません!ここまで、御屋敷ごと、おかしなことになるとは、思っておらず!!」
正平が、いきなり、叫び、ぶるぶる震えながら、平伏している。
「あなたが、唐下がりの香を勧めたのですね?そして、もしかして……琵琶法師の手の者では、ないのですか?」
観念したとばかりに、正平は、問うてくる常春へ、はい、と答えた。
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