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翌日、出勤した凛は席についたままぼんやりしていた。
そこへ同期の理恵が通りかかる。
「ちょっと凛、起きてる? どうした? 心ここにあらずって感じだよ」
その声に、凛はハッと我に返った。
「おはよう……」
「何ぼーっとしてるの。まだ水曜日だよ。大丈夫?」
「ダメかも……」
「悩みごと? 話聞くよ。帰りに飲み行く?」
「行く! 紅子(べにこ)さんの店に行きたい」
「困ったときは二丁目のオカマバーね。オッケー、しばらく行ってないし行こうか」
「やった! じゃあ今日は頑張る」
「はいはい、頑張って。じゃあまたね」
理恵が去ると、凛はほっと息をつき、ゆっくりパソコンを立ち上げた。
終業後、凛と理恵は食事もとらず、まっすぐ新宿二丁目のバーへ向かった。
店の名前は『紅子デラックス』。店主の名前にちなんでいる。
店には、ほかに三人のオネエのスタッフが働いていた。
店に入ると、カウンターの奥から太くて甲高い声が響いた。
声の主は、見た目はかっぷくの良い女性(?)の津田紅子(つだ べにこ/55歳)。この店のママである。
「あら~、凛ちゃん、理恵ちゃん、久しぶり~♡」
「「こんばんは」」
「ようこそぉ~♡ お食事はもう済んだの?」
その問いに、理恵が答える。
「まだなんで、いつもの『焼き飯』いいですかあ?」
「私も!」
『焼き飯』とは、高菜と卵が入った和風チャーハンで、紅子特製の看板メニューだ。
「オッケー、今作るわね。飲み物はビールでいい?」
「お願いします」
「喉乾いたあ~」
ほかのスタッフがすぐにビールを運んできてくれたので、二人はさっそく一口飲んだ。
しばらくして、紅子が作りたての『焼き飯』を二人の前に置いた。
「さあ、召し上がれ」
「わあ、美味しそう」
「いただきます」
空腹だった二人は、さっそく食べ始めた。
その様子を眺めながら、紅子は椅子に腰を下ろし、カウンターに肘をついて顎を乗せたまま、二人に話しかけた。
「で、何かあったの? また恋の悩み?」
その問いに、理恵がすぐ答える。
「紅子さん、鋭い!」
「だって、二人そろって来るときは、だいたいそうでしょ。例のマッチングアプリはうまくいってないの?」
「私はまだ続けてるけど、凛はやめちゃったのよね」
「あら、凛ちゃん、そうなの?」
食事に集中していた凛は、口の中のものを飲み込んでから口を開いた。
「やっぱり私には、ああいうの向いてないみたい」
「凛ったら、メガバンクのエリート銀行マンをさっさと振っちゃったんですよ」
「あら、もったいない! どうして? 気が合わなかったの?」
「まあ……。だから、もう無理に出会いを探すのはやめようかと……」
「やあねぇ、諦めちゃダメよ。普段いい出会いがないんでしょう? だったらもっと頑張らなくちゃ!」
その言葉に、理恵がすかさず口を挟む。
「それが紅子さん! 凛、何かあったみたいなんです」
「えっ? 凛ちゃん、そうなの?」
紅子が大袈裟に口元へ手を当てて目を見開くと、凛が食べるのを止めて言った。
「実は、一目惚れしたんです」
その言葉に、紅子だけでなく理恵まで大声を上げて驚く。
「ええっ、本当なの、凛?」
「凛ちゃんったら、すごいじゃない!」
二人の反応に圧倒され、凛は恐縮しながら答えた。
「自分でもびっくりです……」
そこで、紅子が身を乗り出す。
「で、相手は誰なの?」
「取引先の…..あ、じゃなくて、今度、会社とは別で一緒に仕事をする人です」
「ってことは、外部の人?」
「そうです」
凛の言葉にピンときた理恵が叫ぶ。
「凛、それってまさか、例の『不動産王』?」
「そう」
理恵は一瞬目を白黒させ、さらに大きな声を上げた。
「きゃーっ、マジで?」
「うん」
「『不動産王』の担当が凛になったのは聞いてたけど、てっきりおじいさんだと思ってたからびっくり! 若い人だったんだ」
「ネットで調べてみたら、44歳だって」
「あら♡ 脂の乗ったいい年代じゃない♡」
紅子は目をきらきらさせながら続ける。
「で、どんなタイプなの? 簡潔に教えなさいよ」
そう言うと、カウンターの上にあったメモとペンを手に取り、凛の方へ向き直った。
「えっと……背が高く顔は超イケメンで、野性味のあるワイルド系。自信に満ちた態度に、大人の余裕を感じさせる身のこなし……あとは何だろう?」
「色気は?」
「もちろん、あります! ダダ漏れです!」
「そう……。お金があるってことは、仕事もできるし、幅広い人脈もある……きっと相当モテるわね」
「たぶんそうだと思います」
「オッケー、だいたい分かったわ」
「さすが、紅子さん!」
理恵が感心したように言った。
「で、今後私はどうすれば?」
そう聞かれた紅子は、しばらく「うーん」と考えたあと、凛にアドバイスをした。
「そうねえ……かなり手強いと思うわ。すべてを手に入れた男でしょう? だったら、真正面から攻めない方がいいわ」
「やっぱり……。まあ、仕事のボスですから、真っ向から攻めろって言われても無理なんですけどね」
「そりゃそうよ。仕事をほったらかして色目を使ってくる女なんて、相手にするはずないわ!」
そのとき、理恵が大声で言った。
「分かった! じゃあ、仕事のできる女っぽく攻めるのがいいかも!」
「理恵ちゃんたら、おりこうさんになったじゃない! まさにその通りよ。ただし、ビジネスモード一辺倒じゃつまらないから、多少の『隙』は見せないとね」
「『隙』……ですか?」
「そう。強い女がふと見せる弱さに、男は惹かれるのよ。いわゆるギャップってやつよね」
「なるほど……」
凛は頷きながら手帳を取り出し、メモを取り始めた。
「ただし、見え透いた芝居はダメ! できる男はそういうの、すぐ見抜くから」
「えっ、じゃあ、役者さんみたいに演技が上手くないと無理じゃ……」
「そうねぇ、だから、意識して『隙』を作ろうとしても、素直な凛ちゃんじゃすぐバレるわね」
「じゃあ、どうしたら……」
「うーん、どうすればいいかしらぁ~……」
紅子はなんとか解決策を見つけようとするが、なかなか妙案が浮かばない。
そのとき、隣で話を聞いていた、背のひょろっと高いスタッフのオネエが口を挟んだ。
「ママ、そういうときは、素直に正直に~が一番じゃないですか?」
その言葉に、紅子は少し考えてから大きく頷いた。
「そうねえ、彼女の言う通りかもしれないわ。とにかく仕事に集中して、いつも通りの凛ちゃんでいた方がいいかも」
すると、先ほど口を挟んだスタッフが、頷きながらもう一度言った。
「そうです。凛ちゃんはそのままで素敵なんだもの。だから無理に演技したり取り繕う必要なんてないわ」
その言葉に、理恵も深く頷く。
「そうかもね~。あれこれ策略立てても、すぐに見抜かれそうだし。だって『不動産王』になるような人だよ? これまでいろんな人を見てきて、人を見る目は相当鋭いはずだし。だったら、凛は素直にそのままでいればいいんだよ」
皆に励まされ、凛は複雑な表情のまま手にしていたペンを置いた。
「分かったわ。つまり、私が一目惚れした相手は、相当手強い厄介な人ってことでしょう? だったら体当たりしても玉砕確定だし、みんなが言うように普通にしてるわ。変に動いて仕事に支障が出ても困るしね」
「そうそう。凛はいずれ独立したいんでしょう? だったら、その足がかりができるだけでもラッキーって思わないと!」
そのとき、紅子が真剣な面持ちで言った。
「でも諦めないで、凛ちゃん! 本当に縁がある人なら、きっと神様の采配でうまくいくはずだから」
「そうよ、凛ちゃんは若いんだもの、まだこれからよ。ねえ、みんなで乾杯しましょうよ。凛ちゃんの素敵な出会いと仕事の成功に」
「いいわね」
「では、凛ちゃんの素敵な未来にかんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
結局凛は、何がどうなっているのかよく分からないまま、冷たいビールを飲み干した。
コメント
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私も「紅子デラックス」に通いたいです🤣 焼飯美味しそう😋💕💕
紅子デラックス🤣頼りになるいいママさん👩✨ 不動産王👑は目利き王だろうから、結果そのままの強気女子凛ちゃんが好きなだよね、きっと🤭💗飾らず素直が一番よ、凛ちゃん✨✨
不動産王は強気の女がお好み🖤なんだから、そのまーんまで😉 もう随分と二丁目行ってないな… 最期はディスコだったっけな? わぁ〜行ってフィーバーしたい(☝ ˘ω˘)☝ふぅー!!