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「ねえ、ミラ。わたしがぬいぐるみを作ってあげるわ」
「えっ! エステルが!?」
ミラの瞳が驚きと期待できらきらと輝く。
「ええ。売り物みたいに綺麗には作れないかもしれないけど……」
「そんなこと気にしないよ。嬉しい!」
「よかった。じゃあ、何のぬいぐるみがいい?」
「えっと、なんだろう……。くまさんがいいかな? あ、でもカエルさんもいいかもしれない。うーん、迷っちゃう……」
一生懸命考えているミラの様子が可愛くて、エステルは両方作ることを即決した。
「分かったわ。くまさんとカエルさん、両方とも作りましょう」
「えっ、でも二つも作ってもらうなんて……」
「大丈夫よ。それに、二つあったほうが二人で遊びやすいでしょう?」
「うん……! ありがとう、エステル! そしたら、僕も作るのお手伝いするよ」
ミラがやる気に満ちた表情でエステルを見上げている。
エステルとしては、ぬいぐるみ作りは夜中に一人でするつもりだったが、こんなにきらきらとした目を向けられては、手伝いをお願いしないわけにはいかない。
「じゃあ、これから一緒に作りましょうか」
「うん!」
◇◇◇
「アルファルド様、ちょっとお伺いしたいのですが……」
アルファルドの部屋の扉をノックして、エステルが声をかけると、数秒後にアルファルドが顔を出した。
「どうした」
「このおうちに、布とボタンと針と糸はないでしょうか。あ、あと、綿も欲しいのですが……」
たぶん無いだろうなと思いながら聞くエステルだったが、意外にもアルファルドは部屋の中を指差して答えた。
「ワタならここにあるが」
「ありましたか! よかったら、少し分けて…………ひぃっ!」
エステルの口から、思わず悲鳴が漏れる。
アルファルドが指差したのは、綿ではなく、いかにも呪いの儀式に使われそうな干からびた腸だった。
「えっとすみません、ワタ違いのようですね……。わたしが欲しかったのはミラ作ってあげるぬいぐるみの中に入れる綿で……」
「? ぬいぐるみの中に入れるなら、やはりあのワタが適しているのでは?」
「いえ、そんな生々しいぬいぐるみを作るつもりはありません。必要なのは、白くてふわふわの綿です」
やはり闇魔法使いだから、こんな恐ろしい発想をしてしまうのだろうか。 丁寧に誤解を解き、ぬいぐるみ作りに必要なものを説明する。
「……探すのが面倒だから、これでいいか?」
アルファルドが手をかざすと、そこにぬいぐるみ作りの材料と道具一式が現れた。
「す、すごい……! 完璧です! ありがとうございます、アルファルド様!」
さっきのワタには驚いてしまったが、闇魔法というものは、部屋の模様替えはできるし、台所用品や裁縫道具は作れるし、なんて便利で役に立つものなのだろう。 思わずはしゃいでしまう。
しかし、アルファルドから無言で見つめられていることに気づいて、エステルは声をひそめた。
「す、すみません、うるさかったですか?」
「……いや」
「では、こんなことに魔法を使わせるなという……?」
「……いや」
では、なぜそんなにじっと見つめてくるのだろう。 怖いけれど、なんとなく目を逸らさずにいると、アルファルドのほうが先に視線を外した。
「……もう用は済んだな」
「あ、はい! お忙しいところ──」
最後まで言い切る前に、アルファルドは素っ気なく扉を閉めてしまった。
先ほどの眼差しは、忙しいから早くどこかへ行けという訴えだったのだろうか。
よく分からないが、とりあえず、そんなに怒っているようには見えなかったので、エステルは気にしないことにした。
必要なものも手に入ったし、早速ぬいぐるみ作りに取りかかるとしよう。
裁縫道具を抱えて戻ると、ミラは待ちわびたように飛びはねて迎えてくれた。
「エステル、もうぬいぐるみ作れる?」
「ええ、アルファルド様のおかげでばっちりよ!」
「よかった! 早く作ろう」
ミラは早くぬいぐるみを作りたくて仕方がないらしい。 さっそく居間に移動して、ぬいぐるみ作りを始める。
「針を使うのは危ないから私がやるわね。はさみは使ったことある?」
「うん、呪符を作るお手伝いをするときに使ったことがあるよ」
幼子に何てものを作らせているのだろうか。
でも、ちょっと得意げなミラはとても可愛い。
「はさみが使えるなんてすごいわ! じゃあ、ミラはこの布に書いてある線のとおりに切ってくれるかしら」
「うん、分かった!」
それから、エステルが針でチクチク縫ったり、ミラに綿を詰めてもらったり、二人で目の位置を決めたり。途中でお昼休憩も挟みつつ、夕方になる頃にぬいぐるみは完成した。
「わあ! できた! すごく可愛い! エステル、ありがとう!」
「ふふっ、ミラも一緒に作ってくれたじゃない。ミラもありがとう」
「えへへ。そうだ、エステル、この子たちにお名前をつけてもいい?」
「ええ、もちろんよ。ミラがつけてあげてちょうだい」
エステルの言葉に、ミラが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「うん! 実は作ってるときに思いついた名前があったんだ」
「そうなの? なんてお名前?」
「くまさんがポポで、カエルさんはレミーだよ」
「まあ! 素敵なお名前ね。ほら、ポポとレミーも喜んでるわ」
エステルがポポとレミーを持ってぴょんぴょんとジャンプさせると、ミラが二つのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「よかった! ポポ、レミー、これからよろしくね」
夜も一緒に寝るのだと嬉しそうなミラの姿に、エステルの心も癒される。
(やっぱり手作りしてよかったわ)
達成感を感じながら、そろそろ夕食の準備をしようと立ち上がったとき、アルファルドが居間へとやって来た。
「あ、すみません、夕食の準備はこれからで……」
「それは分かっている。……ぬいぐるみはもう出来たのか?」
「はい、ちょうど今完成したところで……」
「アルファルド、見て! くまのポポと、カエルのレミーだよ! 可愛いでしょう?」
ミラがアルファルドのもとに駆け寄って、完成したばかりのぬいぐるみを見せる。
また淡々とした様子で「そうだな」とでも言うのだろうなと思っていたエステルは、けれどアルファルドが見せた反応に驚いた。
「……ああ、よかったな」
見間違いでなければ、アルファルドの目は細められ、口角はわずかに上がっていた。 つまり、微笑んでいたのだ。ごくごく、極めてうっすらとではあったが。
アルファルドの信じられない姿に、エステルはしばし固まってしまう。
(でも、こうしてわざわざ自分からぬいぐるみ作りの様子を見にきてくださったわけだし……。普段の態度は冷たいけど、根はいい人なのかしら?)
それからアルファルドはまたすぐ部屋に戻ってしまったが、彼の新しい一面を知れて、エステルは少しだけ嬉しくなった。