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#現代ファンタジー
るるくらげ
いと
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第2章 第22話
「暗雲光紅」
とにかく走った。
肺が焼ける。視界が揺れる。 頭の奥で何かが軋む音がする。
この十日間、アクラは無理をしていた。
死んだ詩丸の言動をなぞり、笑い方まで真似て、 その詩丸を殺した諜報人と同じ屋根の下で眠る日々。
平気なふりをして、壊れないふりをして、 自分を削り続けていた。
今回の追放は“原因”じゃない。 でも確実に、引き金だった。
——逃げたい。
それが、彼の本音だった。
どれだけ走ったかわからない。 息は細くちぎれ、汗が目に入り、足は枝に裂かれ血で滲む。
やがて一本の木に体を預け、荒い呼吸を整えていると——
「——花火……?」
西の空が、音もなく紅く染まっていた。
闇を切り裂くような、まっすぐな光。 幻想的で、美しくて、どこか不吉。
「もしかしたら——祭り?」
行くあてもない。 森で野宿するよりは、街の雑踏のほうがましだ。
何より——雑音が欲しかった。
考えをかき消す音が。
歩き続けるうちに、空は薄明るくなっていた。 夜がほどけ、朝が滲み始める。
辿り着いた街は、昨日までいた城下街とは別世界だった。
崩れかけた建物。 煤けた壁。 それに似つかわしくない長蛇の列。
人々はお椀を手に、黙って並んでいる。
「……難民?」
予感は当たっていた。
「す、すいません 何かあったんですか?」
「なんだぁ?小僧っ子 お前も逃げてきたんだが?」
「いや、おれはちょっと……まぁある意味逃げてきました」
「おらたちは国境谷の近くから逃げてきたんだべ ——お前 昨日の夜中 見ながったが? 空が紅くなってまってよ」
「お、おれもみました!てっきり花火かと…」
「なーんも!ありゃおっそろしいがった……」
老人の声が震える。
「西の森の奥からとんでもねぇ魔力を感じちまったんだ」
「……魔力!? ちょ、ちょっとまってください。西の森の先って……」
「んだ……国境谷だべ」
立ち入り禁止区域。 エペが言っていたあの場所。
「森の奥から二人の人影が見えたべ……!」
「ひ、人影……!?」
「おらはあれは人間じゃねぇって確信してるべ!」
隣の老婆が叫ぶ。
「爺さんや……あれは魔族にきまってるど!」
老人はゆっくり頷いた。
「ワシは…若い頃 孤誓隊という隊で戦士をやっていたんじゃ……昨日みたヤツらは間違いなく魔族じゃ……!」
——また孤誓隊。
胸の奥がひりつく。
1週間前に現れた魔族となにか関係があるのだろうか
「お前も難民なら並ぶといいど。べっぴんさんの孤誓隊員がスープ配ってくれてるべ」
アクラはお椀を受け取り、列に並んだ。
やがて自分の番。
「おはようございます!」
そこに立っていたのは、透き通るような白肌に淡青の長いポニーテール。 右に流した前髪から半分覗く額。 清楚な軍服風コート。
氷翠ルカサ。
——そして、涙を流していた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ご、ごめんなさい!皆さんの昨日の出来事……聞いてるだけで涙が……」
泣きながらスープを注ぐ。
「昨日、魔族がきたって噂……」
「やっぱり……そうですか」
彼女は顔を伏せる。
「少し お話をしませんか?あなたが最後なので……」
公園のベンチへ移動する。
「孤誓隊…なんですよね」
「はい!孤誓隊員 18歳組の氷翠ルカサっていいます!」
「おれは秋月アクラ……どうして孤誓隊がこんなところにいるんですか?」
「そ、そんな……敬語なんて使わないでください!」
少しだけ、気持ちが軽くなる。
「ルカは…ただ 助けが必要な人に手を差し伸べただけです……!」
「——え?でも見た感じ 個人……だよな?」
「あたりまえです!同期に迷惑をかける訳には行かないので!」
迷いのない善意。
「——すごいな」
「えっ?そ、そんなことないです……」
「おれは……城下街からだよ」
「——逃げてきた それだけさ……」
涙が込み上げる。
「わかります…辛いですよね……」
ふわり、と抱きしめられた。
「ここでは自由ですよ なんでも話してください」
彼女も泣いていた。
全部吐き出してしまえば楽になる。 でも——
「ごめんなさい…まだ心の準備が……」
また、偽った。
「いいんですよ。大丈夫です。ルカはいつでも待ってますから……!」
彼女は涙を拭い、ポニーテールを結び直す。
「何かあったら 誓刃校に来てください!」
「あのっ!」
「?」
「ありがとうございましたっ!」
彼女は涙ぐみながら手を振った。
——尊敬。
確かに、芽生えていた。
だがアクラはまだ知らない。
森の奥から伸びる影が、 ゆっくりと近づいていることを。
紅い信号を放った二つの存在が。
鋭利な刃が、 彼の未来を切り裂こうとしていることを。