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バタン、バタンという扉を閉める音が町中に響き渡った。さっきまであんなに温かかった町が、一瞬にして冷たい監獄に姿を変えた。
「待ってくれ、建物に入れてくれ!」
俺は近くの家に駆け寄る。
しかし、家の窓には頑丈なシャッターが降り、隙間から漏れていた光さえも、奪い去られてしまった。
「嘘だろ……おい!」
隣の家の窓に近寄ると、さっき話していた武器屋の親父がいた。あんなにガハガハ笑っていたのに、今はゴミを見るような目で俺を見ている。
そして、静かにシャッターを降ろした。
思わず窓をガンガンと叩く。
「おい! 開けてくれよ! 助けてくれ!」
しかし、反応はなかった。
絶望。
(あんなに歓迎してくれていたのに……)
……いや、驚くことじゃないか。
業績がいい時だけ持ち上げて、ミスをすれば一瞬で切り捨てる。 会社も、異世界も、人間の本質なんてこんなもんだ。
俺は大きくため息をついた。
相変わらず夢猫は、冷たい目をしてこちらを見ている。
「真守くんってさ、結構バカだよね」
「っは!? バカって……!?」
「……ほら。音……」
「!?」
ズルズル……ズルズル……。
耳を澄ますと、重い肉の塊を引きずるような音が聞こえてくる。
町の外から何かが這い寄ってきている。
暗闇からギョロリと大きな目玉が光った。
「嘘だろ……」
その目玉は一つではなかった。二つ、三つ……
更に遠くにも鈍い光が見えた。
「町が、囲まれてる……」
さっき戦った魔物とは比べられないほど禍々しい気配が、染み出してくる。
確かに夢猫ちゃんは強かった。
でも、あの数の魔物と戦うのは無謀すぎる。
しかも戦うには、あの時のコメント数を超えるコメントを獲得しなければならない。
(毎回、あんな配信をしないといけないのか……?)
背筋がゾッとした。
すると、その中の一体が俺たち目掛けて動いてくる。
「逃げなきゃ……夢猫ちゃん、走れ!」
「逃げるって、どこに?」
「……っ!」
(わからない、わからないけど……! 簡単に殺されてたまるかよ!)
「いいから早く!」
俺は彼女の手を掴み、がむしゃらに走った。
背後から魔物が追いかけてくるのがわかる。
禍々しい空気、ベタベタという気持ち悪い音。
繋いだ手から、彼女の小刻みな震えが伝わってくる。 爪が食い込むほど、俺の手を強く握り返している。
(……怖がってるんだ)
無理もない。配信中でもなくコメントもない。スキルも使えない。
武器がない今、彼女はただの女の子だ。
(俺が守らなきゃ。絶対に離すもんか)
俺は更に力を込めて、彼女の手を握りしめた。
「ねぇ……真守くん……」
走りながら、彼女がぽつりと呟く。
「……離さないでね」
「当たり前だろ!」
「……ふふ」
(え? 今、笑った……?)
聞き間違いだろうか。
極限状態の恐怖で、幻聴が聞こえたのかもしれない。
昼間はあんなに活気に溢れていた大通りは、今や巨大な魔物が占領していた。
「こっちだ!」
建物の隙間を縫い、迷路のような路地裏に逃げ込んだ。だが、そこにいたのは巨大なゴミ溜めを漁る、細長い手足を持った魔物だった。
「……っ!!」
悲鳴を喉の奥で押し殺す。
その化け物は、人間の頭部を持ちながら、体は節足動物のような不気味な姿をしていた。
ズルリという音を立て、そいつが振り返る。
顔には目鼻がなく、巨大な口が開いていた。
「う、あああああああ!」
俺は夢猫の手を引き、反対方向へ全力で走り出した。
(落ち着け……! あいつらの動きは鈍い。思いっきり走れば振り切れる!)
背後から無数の足音が追いかけてくる。
壁を這う爪の音。
屋根から飛び降りてくる衝撃音。
「ねぇねぇ、さっきからずーっとついてくるよっ」
夢猫の声が、何故か楽しそうだった。
(俺と話している時より、楽しそうじゃないかよっ!)
俺は振り返ることができなかった。
ただただ彼女の手を掴み、走っていた。
「右だ! いや、左!」
「そっちは腐臭がする……待ち伏せがいる!」
「こっちの路地なら、大型の魔物は入ってこれない!」
高校時代、グラウンド全体を見渡していた目が、ここで活きるとは。
――
「はぁ、はぁ……っ」
ブラック企業の社畜の俺には、この全力疾走はきつい。
肺が酸素を求め、焼けるように苦しい。
(高校卒業してから、運動してないもんな……)
どこに向かっても逃げ場がない。
狭い水槽に入れられた餌のような感覚になる。
今の俺たちは、魔物にとってのご馳走でしかないんだ。 息を必死に整えるが、酸素が足りず目眩がする。
(もう、だめなのか……)
絶望に染まりかけた視界の向こうに、一点の光が見えた。
(……いや、違う)
俺の目が、違和感を捉えた。
「どうしたの、真守くん」
「……あそこだけ、シャッターがない?」
目を凝らすと、宿屋の看板が付いていた。
「……宿屋……宿屋だ!」
(罠か? いや、これだけ魔物がいて襲われていない……あそこだけ安全地帯なのか!?)
その建物には、シャッターが付いていなかった。 扉からも僅かに光が漏れている。
(もしかしたら、入れてくれるかもしれない)
希望の光を見つけ、夢猫ちゃんの方を見ると、彼女は嫌そうな顔をした。
「えっ、真守くんと一緒の部屋とか、嫌なんだけど」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
思わず突っ込んでしまった。
足を引きずるようにして宿屋に向かう。
コンコンと叩くと、軋んだ音を立て扉が開く。
顔を出したのは、丸々と太った中年の女性だった。 魔物が動き回る夜だというのに、まるで動じていない。
「あら、旅人さん? 魔物がいるのに大変ね」
「一番安い部屋でいい! 建物に入れてくれ!!」
(さっき魔物を倒した報酬の500Gがある。これで泊まれるはずだ!)
「はいよ。素泊まり一泊10000Gだ」
「い、10000G……???」
宿の女将は愛想よく笑ったまま、こちらを見ている。 値下げする気は一切なさそうだった。
今、手元に報酬の500Gしか持っていない。桁が二つ違う。
思わず夢猫ちゃんと顔を見合わせた。
夢猫は涼しい顔をしている。
「ワンちゃん、どうするの?」
背後からは、魔物の気配が迫ってきていた。
ベタベタという音が、さっきより明らかに近くなっている。時間がない。
(どうするんだよ、これ……!!)