昼休みの終わり、廊下。日下部は窓にもたれ、ぼんやりと外を見ていた。
背後から、軽い足音。
聞き慣れた声が、静かに落ちる。
「……また遠くを見てるな」
振り向くと、蓮司が立っていた。
笑っている。
その笑いが、なぜか心の奥をざらつかせた。
「お前……何の用だよ」
「用ってほどでもない。ただ、気になってさ」
蓮司は壁に片手をつき、距離を詰めた。
その近さに、日下部の肩がわずかにこわばる。
「この前の件、まだ引きずってるだろ」
「……別に」
「“別に”って言葉、便利だな。お前、前からそればっか」
日下部は黙った。
沈黙の隙を縫うように、蓮司が続ける。
「俺さ、思うんだよ。遥って、悪気ないだろ?」
「……ああ」
「でもさ、あいつの“悪気のなさ”が一番、たち悪いんだよ」
その一言に、日下部の視線が動いた。
眉間にしわが寄る。
「……お前、何が言いたい」
「別に悪く言ってるわけじゃない。
ただ、あいつの無自覚って、ある意味“暴力”なんだよな」
その言葉の選び方が、妙に理屈っぽく、冷静で。
“正しさ”を装っている。
日下部は、その論調に反発を覚えながらも、どこかで頷いてしまいそうになっていた。
「……そうかもな」
「だろ? だから、近づかない方がいい。お前、また傷つくだけだ」
蓮司が離れる。
すれ違いざま、日下部は小さく吐き捨てるように言った。
「……お前、あいつのこと嫌いなんだな」
「いや。好きだよ。壊すほどに」
その声を、日下部は聞こえないふりをした。
──でも、その背筋に、冷たいものが走っていた。
放課後。
遥は、自分の席の下に落ちていたメモを拾う。
そこには、震える文字で一言だけ。
「もう、話しかけんな」
見慣れた筆跡。
日下部の字だった。
遥の指が震える。
視界の隅で、蓮司が教室を出ていく。
肩越しに、かすかに笑っていた。
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