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放課後の校舎裏。日下部は、手に残る紙片の感触を何度も確かめていた。
書き終えたあと、なぜかすぐに捨てられなかった。
小さなメモ用紙一枚なのに、指先に貼りつくように重い。
──あんなこと、書くつもりじゃなかった。
ただ、「もうやめよう」と言いたかっただけだ。
“話しかけんな”なんて、そんな言葉を選ぶつもりじゃなかった。
でも、どう言えばよかったのかも、もう分からなかった。
昼の蓮司の声が、まだ頭の奥に残っている。
「あいつの無自覚って、ある意味“暴力”なんだよな」
その言葉が、何度も反響する。
(……暴力? あいつが?)
そう思うたびに、心の奥で何かが鈍く痛んだ。
“あいつは悪気がなかった”
それは分かってる。
分かってるのに──“悪気がないからこそ壊れる”という理屈が、
なぜか今は、妙に説得力を持って響いてくる。
(俺が、また壊されるのはもう嫌だ)
そう思った瞬間、自分でもぞっとした。
遥を“加害者”のように思った自分が、信じられなかった。
あんな状況で、誰が冷静でいられる。
誰が、選べる。
それでも、離れないといけない気がした。
何かがもう、限界だった。
──あいつと一緒にいると、自分が“マシな人間”だと思える。
──でも、それがもう、耐えられない。
ポケットの中で、握りしめた手が震える。
「……もう、いいんだ」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
風の音だけが返ってくる。
遠くのグラウンドで、笑い声が響く。
それが何故か、自分を笑っているように聞こえた。
日下部は目を閉じる。
──本当は、まだ話したかった。
でも、話す言葉がもう見つからない。
メモに書いた一言。
それは「拒絶」ではなく、「助けて」の言い換えだった。
けれど、そのことに気づくのは、もう少し先のことになる。