コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
——外が薄っすらと明るくなってきた。
(マズイ、流石にもう起きるかもしれない)
そう思い、行為を止め、白濁液でグチャグチャになっている唯の体を、台所からお湯を持ってきた温かなタオルで綺麗に拭く。そんな行為にすらも衝動的な感情に繋がりそうになるも、どうにか堪えてパジャマを着せようとした。
上半身が終わり、次に下をと思った時、布団と内腿に血がついているのが目に入った。
「——ぇ」
(ローションでたっぷりと濡らしてから挿れたんだが、指淫の時に爪ででも傷つけたのか?)
ティシュでそれを拭い、濡れたタオルで綺麗にする。だが布団だけはどうにも出来なかった。シーツまでは換える余裕はきっとない。
(…… もしかしたら、俺は唯の初めての相手だったんだろうか?)
そう思うと、こんな形で初めてを失わせてしまったのかもしれないという罪悪感が頭をもたげはじめた。こんな形で失わせてしまうと、本当にそうなのかの確認すら出来ない。
激しい虚無感が、背後から迫る亡霊みたいに俺を襲う。
性欲はある程度発散出来ても、『妻と初めて抱き合った』という達成感がまるで体に残っていない。
(もしかして自分は、ひどく間違った事をしてしまったんじゃないだろうか)
そんな思いが、心に重く伸し掛かった。
あれから少しして、唯が起きて居間に出て来た。
「おはよう、今日はお休みだったの?」
「…… ああ」
「じゃあ、いっぱい一緒に居られるね」
嬉しそうに笑う唯の笑顔に、心が押し潰されそうだ。
深夜に何があったかなど、一切知らない唯が楽しそうに家事をこなしてくれているが、歩き方が少し変なのは完全に俺のせいだ…… 。
ベッドシーツの汚れも、『洗濯を手伝う』と言って処理したので隠し通せた。でも、後ろめたい気持ちがどうしても隠し切れず、俺はいつも以上に彼女の家事の手伝いに勤しんだ。
(くそ。…… これではまるで、浮気してきた後の夫みたいだ)
その日以降も風呂上りに抱きついてきたり、友人夫婦の夜の話なども相変わらず色々してくる。でもそれ以上の事はしてこないのは、これが唯の精一杯のアピールなのだろう。昏睡している嫁に夜這いまでかけてしまった俺と比べると、随分可愛いレベルだ。
その差に、罪悪感が生じる。彼女は我慢しているのに、俺は我慢などしていなかったから。
なのにだ。何らかの形で彼女に薬を飲ませ、体を貪る日々がそれから始まった。最初は休みの前だけだったその行為も、次第に回数が増え、最近では衝動を感じる度に使っている。
終わる度に虚無感を抱えるも、やはり愛する女性を抱く心地良さは一度味わってしまうとなかなか我慢する事が出来ない。
まるで麻薬のように、依存気味になってきている。
連日は使うなと言っていた湯川の言葉には従ってはいるが、それもいつまでもつか。薬の量も少なくなってきているし…… 。
これではマズイと、『仕事だ』『疲れてる』だと言い訳をして、彼女を出来るだけ避けるようにした。だが、そろそろ見切りを付けてきちんと唯と話し合わなければ、取り返しのつかない事になりそうだ。
『そろそろ、ちゃんと話さないと』
そう思った矢先、仕事が急に忙しくなり始め、職場に泊り込んでの捜査が続いた。電話もSNSによる連絡も。そんな余裕など時間的に皆無で、唯に心配をかけているとは思うも、とにかく早く終わらせられないかと仕事に打ち込んだ。
一週間後、一旦帰宅出来そうだったので彼女に「今日は帰れる」と連絡を入れる。
ずっと会っていないから、顔を見たくて見たくてしょうがない。
(逢えるんだ。やっと、唯に逢える)
純粋にそれだけが嬉しくて、帰り道に唯の好きな店に寄ってケーキを購入し、それを土産にする事にした。
喜ぶ顔を想像するだけで、幸せな気分になる。
罪悪感にばかり苛まれていたのが嘘の様に、今日は幸せな気分だった。
小走りになりながら急いで帰宅する。玄関を開けながら、「ただいま」と言ってドアと鍵を閉めた。
すると部屋の奥からガンッ、ドスッ、ドンッと、何かがあちこちにぶつかる音が聞こえてくる。
(おいおい、何をやってるんだ?)
そう不思議に思っていると、唯が玄関までの短い廊下をダダダッと走り、俺を見るなり飛びついて、子供みたいに抱きついてきた。抱き締めてくれる腕の力がやけに強い。俺の帰宅を、かなり喜んでくれているみたいだ。
「ただいま」
再び言いながら唯の頭を優しく撫でる。気持ちがとても穏やかなせいか、変な衝動は全く感じなかった。
一旦ケーキの箱を靴箱の上に置き、ネクタイを緩めながら居間に入る。一番最初に目に入ったのは大量の料理だ。そのあまりの多さに、流石に驚いた。
「…… これから誰か来るのか?」
二人で食べられるような量ではないと思ったからの質問だったのだが、「来ないよ?」と、あっさり言われた。『これは、ケーキまで買ったのは失敗だったかも』と思うと、困り顔になるのを隠せない。その様子を見て、唯が悲しそうな顔になってしまった。
(当然か、こんな量を作るのは大変だったろうし)
努力が無駄になったみたいで、悲しいに違いない。
「まぁいい…… ケーキがあるから食べれるよう、ご飯はほどほどにしておけよ」
そう言いながら、薬箱の入っている棚を目指す。
「まぁ、まずはそこに座れ。脚をあちこちぶつけてたから軟膏を塗ってやる」
勢いであちこちぶつけたんだ、痛いに違いない。折角の綺麗な脚なんだからきちんと手当てしてやらないと。
「…… 司さん、ありがとう」
嬉しそうな顔で唯が言う。
「…… まだ何もしてないぞ」
「いいの、ありがとう」
首をブンブンと振る仕草が可愛い。
「…… どういたしまして」
和む気持ちのおかげで、優しい笑顔で答える事が出来た。
薬箱を手に持ち、唯の方を見ると、彼女は椅子に座って脚をブラブラとさせて俺が来るのを待っていた。その姿が異様に幼さを助長している。
「ますます子供に見えるから、やるな」
俺の言葉にピタッと足が止まり、唯がじっとする。まるで、『待て』と言われた子犬みたいで可愛い。つい、「いい子だな」と頭を撫でてしまった。
椅子に腰掛ける唯の前に、膝をついて座る。自分の太股に唯の足を取り乗せ、軟膏の蓋を開けた。
「慌てて走るな。帰って来ただけで飛びつく必要もない」
(気持ちはわかるが…… 子供じゃないからな)
「…… 久しぶりだったから」
(そうだよな、俺でもこんなに会えて嬉しいんだ)
家でずっと待っているだけの彼女は、もっと嬉しかっただろう。
「一段落したから、明日からは一応家には帰れる。…… 多分」
「本当⁈」
「期待はするなよ」
「うん」
そう返事するも、本当に嬉しさいっぱいで堪らないと思っているのが見ただけでわかるくらい可愛い笑顔で微笑まれた。『あぁ…… 俺は妻に愛されてるな』と、深く感じさせられる。家に帰れて、本当に良かった。
薬を手に取り、唯の脚に少しのせる。それを指で伸ばしていると「…… んっ」と甘い声を唯が漏らした。
反射的に、ドクンッと、心臓が、衝動が激しく跳ね上がる。
(まずい、このまま触れていたら何を仕出かすかわからない)
唯の味を既に知っている今、一度衝動が強くなってしまったら押えられる自信が無かった。
「も、もう終わったから。あまりぶつけるなよ?」
バッと手を離し、慌てるように唯の脚を下におろす。薬を片付けようとするも、動揺しているのか蓋が上手く閉められない。その姿を不思議そうな目で唯が見詰めてくる。
(——頼むから、あんまり俺を見ないでくれ)
彼女の視線で焼かれるような錯覚のせいで、体の熱がじわじわと上がっていく気がした。