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現エンジェル領主キースさんが語る、エンジェル領の大事変。
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時は30年前に遡る。
ウサール王国エンジェル領。
この時はまだ、キースさんの父親が領主を務めていた。
現状と違い、領内の貧富の差は激しく、領主以下、治めるものは私腹を肥やし、領民は食うにも困る生活を送っていた。
街の治安も悪く、犯罪も金次第といった有様で、見るも無惨な光景が、人々の心を恐怖と断念が支配していった。
その主導的役割を担っていたのが、領主、領主の第一夫人の息子たち、それを取り巻く太鼓持ちである。まあ、領内のほとんどが領主派閥であり、異を唱えるものは存在しなかった。
ただ、これは前領主に始まったことではなく、代々に渡って受け継がれてきた悪しき慣習によるものであった。
実はキースさんは、領主の第二夫人の子供であり、領主を受け継ぐポジションにはなかった。政治がおかしいとは思いつつも、大きな権力に抗う術を持っていなかった。逆にいうと、この悪習の歴史が深すぎて、常識という概念すら、すり替わり、蟻は象に喧嘩を売ってもどうにもならないと感じざるを得ない状況ではあった。
それでも、キースさんは、成人になると、領内政治には関わらないことを決め、冒険者として活動していた。
何も変えられない代わりに、せめて、街の治安を守ろうとすることで、自分なりの抵抗をしていた。
そして、今から30年前に全身黒ずくめの男がこの街にやってきた。
これが運命のいたずらである。
その男が、アキラであり、ユメの父親である。
彼も冒険者として活動していたので、性格がどちらも豪快なこともあり、キースさんとは、最初の衝突を経て、すぐに友となる。
そして、2人は互いにいろいろと話す間に、この悪しき慣習に、その心の葛藤に、同情あるいは抵抗するように、ついに行動に移すことを決意した。
むしろ、アキラの方が激情して、絶対に許さないと息巻いていた。
まずは証拠収集。いわゆる、諜報活動である。
これは、アキラの忍術(隠密)によって、今までどうやっても不可能であった機密情報が、みるみるうちに集まってゆく。
さて、情報は潤沢に集まり、これが、公になれば、糾弾できるところまで来たが、まず、間違いなく、その情報を揉み消される。
そこで、彼らは冒険者ギルドと手を組む。当初は、不関与を通していたギルド支部も、彼らの活動を通し、あるいは、彼らの熱意に対して、スタンスを軟化していった。本来なら冒険者ギルドは完全中立組織であり、当然、関与しない方針を徹底すべきはずだが、実はこの当時のギルド支部長は、もともと、この街の出身者であったため、出来れば、なんとかしたいと思っていた。
ギルド支部および王国支部は、武力行使には参加しないことを条件に、このクーデターとも呼べる冒険者たちの活動に協力することとなった。
ここからの流れは早く、当時の領主派閥は一網打尽で検挙され、無血開城を成し遂げたのであった。その中心にいたのが、現領主のキースさんであり、アキラであった。
その時の領民の歓喜は、新しい時代の幕開けにふさわしいほど、強烈で、当時の領民で、アキラのことを知らない人はいない。感謝と私怨の双方の側面を含めて。
その後、ギルドの協力もあり、キースさんが引き継いで新体制となったのが、現在のエンジェル領である。当時、キースさんは、30歳。
若くして領主となり、苦労したそうだが、ギルドと領民の協力で、やり遂げたそうだ。
僕はいろんな想いで、涙を流して聞いていた。というか、ここにいる全員が涙している。
できるのなら、母親にも教えてあげたかった。
これが、彼が語ったエンジェル事変の顛末である。
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