テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
メリーティアが意識を手放して数分後、離宮の使用人に連れられ皇宮医とその助手たちがようやく到着すると、グウェンダルは解毒剤をひとまず懐にふたたびしまい込んだ。
ケイリクスの腕に抱かれたままのメリーティアを、皇宮医が額に冷や汗をかきながら診察する。
大量の血を吐いたわりにはまだ顔に血の気が残っていた。息もそれほど荒くなく、かといって呼吸が弱まっている様子ではない。
グウェンダルに渡したのと同じ解毒剤をそのまま飲んで、症状が和らいだようだった。
おそらく命の心配はないだろう。
そう思ったが、メリーティアの容態を診た皇宮医は戸惑う様子を見せた。
「これはモモネンの根から抽出された毒による症状です。令嬢が飲んだという紅茶から桃の香りがすることから確実です。念のため伺いますが、フレーツティーではないのですよね?」
「メリーティアはいつもアールグレイを飲む。余も同じものを飲んでいた。フレーツティーなどこの宮で一度も出させた覚えはない。して、解毒剤はあるのか?」
「…………この毒は非常に珍しいのです。ヴェドニア帝国でも、取り扱っている店は数軒でしょう」
皇宮医の言葉を受け、ケイリクスは額に青筋を浮かべた。
「貴様は持っていないと言うのか! 仮にも皇宮医ならばいかなる毒であっても解毒剤を用意してしかるべきであろう!」
声を荒らげるケイリクスを前にサーッと青褪めた皇宮医は、ぱくぱくと口を開いては閉じるのを繰り返した。
ケイリクスの指摘どおり、皇宮の薬剤庫にはありとあらゆる薬と解毒剤があるはずだ。ないのはおかしい。つまり問題が起きているということだ。
皇宮医は蛇に睨まれた蛙のようになりながら事の顛末を語った。
――今回の毒の解毒剤となるモモネンの花弁も、帳面上では在庫があることになっていた。
しかしながら今朝、買い入れのため在庫の確認をしたところモモネンの花弁だけがなくなっていたそうだ。薬剤庫の管理を怠っていたことが公になることを恐れ、皇宮医は今まで口を噤んでいたらしい。
「大変申し訳ございませんっ、すぐに、すぐに調達してまいります……!」
「どれくらいかかる? 間に合うのか? 間に合わねば貴様の首を刎ねてやる!」
「おっ、おそらく摂取した量がごく少量だったのでしょう。この毒を飲んだというわりに症状が落ち着いております。なので今すぐに命が危ないということはない、と思われます……」
「すべて貴様の推測でしかないではないか! 急ぎ調達してまいれ!」
皇宮医の指示を受け助手たちが走り去っていく。
その姿をにらみつけていたケイリクスはメリーティアを抱き上げると、皇宮医を連れて食堂を出て行こうとした。
メリーティアが生きるか死ぬかにばかり気を取られていた様子の彼が、そこでハッとしてグウェンダルのほうを振り返る。
取り押さえたメイドを血走った眼で凝視していた。ケイリクスの碧眼は憎悪を滾らせ、視線だけでメイドを射殺さんとしている。
「グウェンダル! そのメイドを地下牢に入れ拷問にかけろ! 絶対に裏に誰かがいる」
「はっ」
命令に従ってメイドを地下牢まで連行していく。
メリーティアの容態は気にかかるが、きっと大丈夫だ。
彼女は紅茶に毒が入っていることを知っていながら飲んだようだった。わざわざ解毒剤を事前に用意してそれを飲んだということは、死ぬつもりは毛頭ないということだろう。
この展開にもっていくのが目的だったのは明確であった。
もし容態が危なくなるようであれば、そのとき自分が持っている解毒剤を差し出せばいい。
メリーティアが何を企んでいるかまではわからないものの、邪魔をしないためにも今は持っていることを黙っているべきなのだろう。
◆
解毒剤となるモモネンの花弁を入手できたのは、結局一週間後であった。
皇宮医が記録を確かめたところ、これまでの仕入れ先は他国の商団からで、国内では遠く離れたハイゼンベルグ領のとある薬屋でしか取り扱っていないことが判明した。
そのため帝国軍の中でも乗馬の腕に秀でた騎士にケイリクスが命じ、馬車だと片道二週間かかる距離を、馬を潰す勢いで駆けさせ何度も乗り変えては往復一週間で戻ってくる、という無茶を強行させたのだった。
その間、幸いにもメリーティアの容態が急変することはなかった。
しかしながらずっと意識は戻らないままである。
ケイリクスは生きた心地がしないようで、彼女のそばを一時も離れなかった。
一方でグウェンダルはこの事件の捜査を一任され、捕らえたメイドを拷問にかけた。
なかなか口を割らなかったが、通常の人間は拷問に一日も耐えられない。最終的には「皇宮に仕えている男の従者」に脅されたと吐いた。
その男の特徴を聞き出し、使用人のリストと照らし合わせると、事件が起きたその日に辞職していることがわかった。
帝都を逃げていた男を騎士団を動員して捕らえるとまた拷問にかけ、その裏にいる人物を聞き出し、また別の人間を捕らえ拷問し――と繰り返していくと、最後に辿り着いたのは皇后モナ・ヘイスティン・ヴェドニアであった。
さして驚きはなかった。捜査する前から黒幕はわかっていたようなものだ。
離宮を管理しているケイリクスは徹底した性格だ。
警備の関係で使用人のリスト等は作成しておらず、誰が離宮に勤めているのか第三者からはわからないようになっている。すべて直々に選んだ人間であり、彼の頭の中でのみきっちりとリスト化されていた。
使用人たちもこの離宮内で暮らし、たまの休みにしか外へ出ることが許されていなかった。
そのため離宮の使用人と接触できるのは限られた人物しかいない。
そのような状況で、モナがあのメイドを離宮の使用人だと突き止めたのはさすがの情報収集能力だとしか言いようがない。
離宮の使用人の休暇を把握して接触し、メイドの弱みを握って毒殺を実行させる。――そんなことができる人間は、帝国内でもほんの一握りしかいない。
その中でも、メリーティアへ個人的な悪感情を抱いている人物であり、それから希少な毒を入手できる財力と人脈の広さ、皇宮の薬剤庫からモモネンの花弁を盗み出すよう命じることができる立場など、すべてがモナが犯人であることを示していた。
だが、証拠がなければ罪に問うことはできない。遠回りにはなるが、段階を踏む必要があった。
ケイリクスに報告すると、彼はすぐさまモナを廃位し、高貴な身分の罪人が送られる場所である塔へと閉じ込めた。実質の終身刑である。
グウェンダルが躍起になって証拠を集めたおかげで、モナの生家である公爵家も彼女を庇うことは不可能だった。
そうしてたった一週間のうちに、モナは皇后から罪人へと身を落としたのであった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
もあ
44
鬼霧宗作
50
#復讐
りう。
45
さぶれ-SABURE-
1,239