一樹はなんとなく気分がもやもやしたままエレベーターへ乗ると、一階のボタンを叩きつけるように押した。
そして一階へ降りると受付の浮田に一声かけてからホテルを出る。
外に出た瞬間、全身が新鮮な空気に触れ生き返ったような気がする。
一樹はラブホテル内の淀んだ空気が苦手だった。
駐車場へ戻ると運転席の窓をコンコンと叩く。
するとシートを倒して寝ていたヤスが飛び起きて慌てて窓を開けた。
「終わりました?」
「悪いけど俺さ、ここから歩いて帰るわ。だからお前先に戻っててくれ」
「ハッ? ここから事務所までは歩くと結構距離ありますよ?」
「うん、いいんだ。それに途中買物もしたいからタクシーを使うよ」
ヤスは不思議そうな顔をしている。
一樹が『買物』と言う時は、大抵親しくしている女達へのプレゼントを買う事を意味していた。
しかしこの辺りには女にプレゼントするような洒落た物を売っている店は一軒もない。
だからヤスは疑問に思ったが、あまり詮索し過ぎると怒られるのでそれ以上何も言わなかった。
「わかりました。じゃあ先に帰りますね」
「うん、悪いな」
ヤスの運転する車を見送ると、一樹はラブホテル街を歩き始める。
そして5分後、一樹は駅前カフェのカウンターに座っていた。そこから道行く人を眺めている。
一樹は先ほどのAV女優の事が気になり、彼女を見つけて尾行してみる事にした。
カフェに入って30分後、漸く女性が駅へ向かって歩いて来た。
女性は撮影時の大人っぽいメイクとは異なり、ほとんどスッピンに近いナチュラルメイクをしている。そのせいでかなり若く見え、一瞬誰だかわからなかった。
女の表情は若干泣き腫らしたような顔をして肩を落としてとぼとぼと歩いている。
一樹の目の前を通り過ぎた女はまっすぐ駅へ向かったので、一樹はカフェを出て彼女の後を追った。
駅へ入った女は改札を通り抜けすぐにホームへ向かう。そしてちょうど滑り込んで来た電車に乗った。
一樹は女が乗ったドアの一つ隣のドアから電車に飛び乗った。
ドア横の仕切り板にもたれかかった女は、しばらく放心状態で外の景色を見つめている。
しかし5分ほど経ってからスマホを取り出すと何かをチェックし始めた。
メッセージだろうか? スマホを見つめていた女は重いため息をついてからスマホをポケットへしまった。
そして再び窓の外を見つめる。
女は4つ目の駅で電車を降りたので一樹も後に続いた。
各駅停車しか停まらないような小さな駅のすぐ目の前には昔ながらの商店街があった。
女はその商店街へ入って行く。
しばらくは脇目もふらずにまっすぐ歩いていた女は途中洋菓子店へ寄った。そこでシュークリームを買った。
店から出て来た女はかなり大きな箱を手にしていた。かなりの数を買ったようだ。
(一人で食うには多すぎないか?)
一樹は疑問に思いながらも女の後を追う。
その時、前方から目の不自由な70歳くらいの高齢男性が白杖をつきながらこちらへ向かって来た。
男性は慎重に歩みを進めていたが、途中路上に停まっていた車に激しく肩をぶつけよろめいてしまう。
しかしなんとかバランスを保ち転ばずに済んだ男性は、すっかり方向感覚を失いその場に立ちすくんでしまう。
それに気付いた一樹が駆け寄ろうとした瞬間、一足先に女がその男性の元へ駆け付けた。
「大丈夫ですか? 駅へ行くんですよね?」
「はい、方向がわからなくなってしまいました……」
「大丈夫ですよ、ご案内しますから」
「すみません、助かります」
そして女は男性の手を引きながら今歩いて来た道を引き返し始めた。
二人がこちらへ向かって来たので、一樹は慌てて手のひらで顔を隠すと脇の路地へ入る。
しかしそんな一樹には全く気付く様子もなく女は駅へ向かって歩いて行った。
そこで一樹もUターンする。
駅へ着くと男性は何度も女に頭を下げていた。
男性が無事に駅構内へ入って行くのを見届けた女は、また商店街の方へ戻って来たので一樹は脇道へ逸れた。
そして女が通り過ぎると再び後を追う。
商店街を抜け、閑静な住宅街をしばらく歩いた女はやがて門のある敷地内へと入って行った。
(ん? 結構デカい建物だな…自宅じゃねーよな?)
一樹が門の傍へ近付くと、門の横には『美空愛育園』という看板が掛かっていた。
(彼女が育った施設か?)
一樹は低い塀の上から中を覗き込む。
すると敷地内で遊んでいた子供達が一斉に女の元に駆け寄るのが見えた。
「お姉ちゃんいらっしゃーい」
「ねぇ、またこの前の続きをしようよ」
「お人形ごっこもしたいー」
「ドッジボールもしよーぜ」
「うん、わかったから一度中に入らせて。シュークリーム持ってきたからみんなで食べようよ」
そこで歓声が上がる。
「わーい、シュークリームシュークリーム」
「シュークリーム食べたかったのー」
「嬉しいー、早く食べたいー」
「ちゃんと手を洗ってね」
「「「はーーーい!」」」
そして女と子供達は建物の中へ入って行き急に静かになった。
(自分が育った施設へ定期的に通っているのか?)
一樹は右手で顎髭を触りながらくるりと踵を返すと今歩いて来た道を戻り始めた。
そして大通りでタクシーを拾うと事務所へ向かった。
コメント
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令和版伊達直人みたいのかな。ボクサーも、AVも過酷そうやもんなぁ。好きでやってる人は別として。
今後の展開楽しみにしてます😊
幸せになってほしいなー