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サクラサク。
温かな春風が吹くと、もうほとんど葉桜となり始めた遅咲きだった桜から花弁が散って舞い踊り校舎へと続く道を綺麗に染めあげている。秋の落ち葉みたいに集めて芋を焼いて楽しむ事は出来ないが、綺麗な道は校内の窓から見ているだけで心躍るものがあった。
(多分他人事だからそう思うのだろうな、片付ける人達には悲鳴モノの絶景だろう)
高校を卒業した俺達は、今年の四月から四人揃って同じ大学に進学を果たした。もちろん四人とは、俺——有田圭吾、桜庭充、楓清一、そして親友の……いや、なんか微妙にその言葉を当て嵌めるのは何か間違っている気がして、奴をどう扱っていいのかわからんままでいる、小牧琉成の事だ。
まさか揃って同じ大学へ進学出来るだなんて一年前までは夢にも思っていなかった。将来の夢は見事にそれぞれバラバラで、圭吾は自己評価が低いだけでやれば普通に色々と出来るタイプだし、清一は圭吾の行く先に着いて行かないはずがないので大学まではまぁわかるとしても、バイト三昧だった琉成だけは絶対に就職組だと俺は勝手に思っていた。
俺達は“親友”だったはずなのに全然進路の話をしてこないし、受験期だろうが勉強をしている気配も無くバイトに明け暮れ、俺のパンばっか奪い、隙あらば人のイチモツをキラキラした瞳をしながら喰いたがる様なド変態が大学になんか行けるとは思わんだろう。
まともに言葉が通じず、我が道を行き、一から十まで説明しないと俺の意図を読めず、察するとか空気を読むとかはしないし、こちらの言葉を額面通りにしか受け止めない様な奴が、まさか『勉強?あぁ、授業聞いてれば別に。それ以外だって、教科書読めばテストとかも平気じゃない?』なんて言って、暗記科目系はほぼ満点ばっか取る奴だとは気が付きもしなかった。
(そういや、琉成っていっつもテスト用紙を見せようとはしないタイプだったよな)
通っていた高校は順位を廊下に張り出すとかってのが無かったし、充がギャーギャー言いながら俺とテストの点数を競っている横で、琉成はいつもニコニコ笑っているだけだったからてっきりアイツは赤点ギリギリで見せる価値無しなのだと思い込んでいた。実は頭が良いとかだったのなら、俺の受験勉強に付き合ってくれても良かったのに。
(結局、付き合っいやがったのはほぼ無い性欲の発散だけとか。ホントアイツは俺の事を何だと思ってんだよ……ったく。『精液製造機?』んなもんくらいにしか思ってねぇだろ、多分)
結局一番苦労して大学に入ったのは最も受験勉強に時間を割いていた自分だったってオチは、『このメンツの中では俺が一番人生に達観していて、ちゃんと事前に色々やってる方だよな』なんて思っていた俺の心に小さな傷を作るには充分な事実だった。
——そんな事を悶々と考えながら、休憩時間になった隙を狙って廊下の隅に行き、休憩用に並んでいる椅子に座って、パンの入る袋を開けた。
今日の午前に講義が入っているのは珍しく俺だけだったので、その他大勢の中でポツンと一人きりだったが別に苦ではない。元々大勢と群れたいタイプでもないし、無理に話の合わない奴らと仲良くなるつもりもないしな。管理栄養士の資格欲しさに進学した俺は勉強とバイトだけで精一杯だろうからとサークルに入る気も一切無いので、大学での新生活が始まって既に数週間経ったってのに同じ学部には一人も知人はいないままだ。
(『モテたい!』みたいに、焦って変な事さえ言い出さなければ、一部からの評価が高い充と違って、ガチで冴えない平凡な俺じゃ当然だけどな)
休み時間のたびに何かしら食べている俺を変な目で遠巻きに見てくる奴らは結構居るが、声を掛けようという猛者は中学や高校からの友人や元クラスメイトだった者達くらいなものだ。
(コロッケパンうめぇ)
教科書を開き、少しでも琉成達との差を埋める為真面目に勉強していると、「また何か食べてるし、ウケるんだけどー」などと知らない女の声がすぐ側で聞こえた。
(うるせぇな、ほっとけ。俺が何を食っていようが他人に迷惑は掛けていないはずだ。…… 匂いが気になるのかな。でも知るか!こっちは空腹なんだっ)
また知らん奴が何か言ってるなと思ってガン無視きめて教科書を読み続けていると、同じ声が「えっと……もしかして気分悪くした?ごめん、悪気は……無かったんだけど」と謝ってきた。
咀嚼し、嚥下のついでに軽く頷く。俺的には『当然だろ、あっち行け』といった意味だったのだが、「ありがとー!やっさしー!」とか言い、隣の椅子に座りやがった。
(ポジティブ過ぎね?俺の周囲はこんなんばっかだな!)
頭に浮かんだ顔はもちろん琉成だ。充も後ろで手を振っている。
「ねぇねぇ!今週末ってさぁ、空いてる?」
この一言だけではなんの確認か正確にはわからんが、軽そうな格好的にコレは“合コンのお誘い”であると受け取るべきなんだろうな。
「バイト」と、相手の顔からコロッケパンに視線を戻し、一口食いながらそう答えた。
「えーシフト変われないの?」
「無理だな。人気あって、人手不足でいっつも悲鳴あげてる店だし」
「……そっかぁ」
溜息を吐き、「マジかー」と女がこぼしている。それにしても、誰なんだお前は。
「じゃあ!じゃあさぁ、ねえねえ!」と言い、今度は俺の右腕をがっしりと掴んできた。そのせいでパンが食べ辛い。常に空腹で切ない思いをしているというのに勘弁して欲しいのだが、離すどころかわざと俺の腕に大きな胸を軽く押し当ててきた。
「……(ほぉ、コレが乳の感触ってやつか)」
性欲をあまり持たず、淡白なタイプの俺じゃ無かったら、すぐに全面降伏して言う事きいちまうんじゃないだろうか。手軽な立場の俺にすら手出しする程に性欲の権化の様な琉成だったら、此処が何処であろうが押し倒しているかもしれない。
「じゃあさ、楓君と桜庭君達はどうかな?小牧君も空いてたら、もっと嬉しいんだけども」
(うん、知ってた。むしろ俺なんかどうでもよくって、その三人が居ればいいんだろ?)
高校からの友人四人組の中で、一番真に冴えない男は残念ながらこの俺だ。
充は黙ってりゃ可愛い顔で、性格は明るくって意外にも最もまともな常識人だ。ちゃんと空気を読んで場の雰囲気を保ちつつも言いたい事を言える勇気もある。
清一は言うまでもないくらいのイケメンで高校時代は告白合戦の被害に遭うレベルだったが、今ではそれに拍車がかかり、細マッチョの体を評価されてモデルのスカウトまで受けたそうだ(充と居る時間が減るからやらん言うてたけど)。
懐っこい大型犬みたいだった琉成も、今では高身長で頭がいいクセに受け答えが天然で可愛いと女子にウケ、『あの三人が並ぶとホント眼福だよねぇ』と言われる始末だ。
(俺は空気かよ。今では琉成並に身長はあるものの、痩せの大食いで常にパンやホットスナックを食べながら歩いている俺を見て“眼福”と思う奴がいるわけないのは理解出来るがな)
無言のまま胸から腕をそっと離し、鞄の中から今度は手作りおにぎりを取り出してそれを食べる。琉成が一緒の時だと奴がおにぎりに食いついてくるので俺達のやり取りを見た“腐女子”と呼ばれる一部の人から『モブ受けだわ!』とかって言われる事があるんだが……流石に意味までは知らん。
「——ねぇー、聞いてるぅ?」
「あぁ。アイツらだって無理だよ、バイトあるし。清一は特に“合コン”と名の付くものを嫌悪しているレベルだから絶対に来ないぞ」
「ダメ元で!ダメ元でいいからさぁ。友達からのお願いなら聞くかもでしょ?ねぇー空いていないか訊くだけ訊いてみてよぉーねぇーってばぁ」
また俺の腕にしがみついてきたが、お前の色仕掛けが効かんと何故わからんのか。まぁ……一般的には美人なんだろうけども、やっぱり俺ではそれ以上には何も感じない。
「……無理。んな時間が無いってのもあるけど、そもそもそういうのに興味が無いから、サークルだって入らないってアイツらも言ってたしな」
「んじゃさ、同期の親睦会くらいな気持ちで来てよぉー。楓君達三人が無理なら、松岡君は?冨樫君だったらどうだ!」
「……どうだって言われても(何度無理と言えばわかるんだ!)」
松岡も冨樫も、大学に入ってからの知り合いだ。どちらも合コンの類に興味が無く、真面目に勉強をしたくて進学したタイプなので、同じ考えを持つ清一達と気が合ったらしい。『コイツからは絶対にそういった誘いは無い』という安心感で繋がっているのだとか。
しかし、よりにもよってそいつらも揃って別ジャンルの美形ときたもんだから、俺達のグループは一学年の中でもかなり目立つ存在になってしまっているらしい。
(その中で一番冴えない俺が、一番懐柔しやすいと思われてんだろうなぁ)
かなりムカつくが、きっと事実だろう。だからこうやって安易に色仕掛けをして、どうにかこうにか誘いこもうとしているのが見え見えだ。
そういった行為を清一が一番嫌うと知っている者ばかりだった高校時代は実に平和だった。パンを琉成に食われて空腹の間は切なかったが、それでも四人で過ごす日々は何物にも変え難い時間だったのだなと、こういった類の被害に遭う事が短期間の間でめちゃくちゃ増えたせいでしみじみと思う。ったく、大学は交際相手を探す場ではなく、学びの施設であるべきじゃねぇのかよ。