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アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
2,231
「なあ、ククルース。見ろよ」
カルドは腕の中の赤子を覗き込み、嬉しそうに笑った。
「手なんか、こんなにちっせえ」
小さな手が、カルドの指を握っている。
「こんな手で、何が持てるんだ、これ」
「そりゃあ、生まれたての赤子なんですから、そんなもんでしょーよ」
ククルースは呆れたように答えた。
「あんまり乱暴に扱うと、あとでエレノア様に怒られますぜ」
「そうか」
カルドは慌てて赤子を抱き直した。
しばらく、その寝顔を眺める。
「だがな、ククルース」
「へい」
「こいつが大きくなったら――」
カルドは笑った。
「国のことなんか、全部こいつに押しつけてさ」
「また海に出るか」
ククルースが吹き出した。
「そりゃいい」
「ああ」
カルドは腕の中の赤子を見つめた。
「このリチャードが王になって、世に平和を、民に豊かさをもたらしてくれる」
「そうしたら俺たちは――」
カルドは遠い海を見るように笑った。
「冒険だよ」
「人生、まだまだ楽しいことを追い求めなきゃな」
――ああ。
そんなこともあった。
ククルースは、ゆっくりと目を開いた。
いつの間にか、椅子に腰かけたまま眠っていたらしい。
外が騒がしい。
城壁へ上がる。
朝靄の向こう。
地平を埋めるように、モンゴリア軍の騎兵が現れていた。
一騎。
また一騎。
その数は増え続け、やがてカワゴル砦を取り囲もうとしている。
ククルースは、それを黙って眺めた。
そして、小さく笑った。
「カルド」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「俺たち、長く生きすぎたのかもな」
あの頃は。
まだ見ぬ海の向こうに、何があるのか。
次はどこへ行くのか。
そんなことばかり考えていた。
今はもう――。
ククルースは城壁の下に広がる敵軍を見つめた。
「もう一人でも多く道連れにすることしか……」
腰の剣に手を置く。
「考えなくなっちまった」
エスカリオ王国の内政武官コピットは、二千の志願兵を率い、
血眼になってカルドを探していた。
彼にとって、カルドは若き日の憧れだった。
まだ何者でもなかった頃。
コピットは、カルド率いる傭兵部隊の末席に加わっていた。
戦場では豪快に笑い、危険と見るや誰より早く退き、
勝機と見るや誰より深く敵陣へ飛び込む。
理屈では説明できない。
獣じみた勘。
コピットは、それを何度も目にしてきた。
だからこそ思う。
カルドは、生きている。
そして生きているなら――。
「たぶん、この海岸線のどこかだ」
コピットは馬上から、遠く続く岩だらけの海岸を見渡した。
理由を問われても困る。
だが、カルドならこちらへ来る。
そんな気がしてならなかった。
連れてきた兵は二千。
そのほとんどが志願兵だった。
王を探しに行く。
そう告げると、自ら同行を願い出た者たちである。
もちろん、敵と出くわす可能性もある。
だが、コピットは気にもしていなかった。
「モンゴリア兵が出てきたら出てきたで――」
腰の剣を叩く。
「皆殺しにしてやりゃいい」
そして、誰にも聞こえない声で呟いた。
「だから……死なないでいてくださいよー、陛下」
そのときだった。
伝令が馬を飛ばしてきた。
「コピット様!」
「なんだ!」
「ククルース殿が、カワゴル砦に立て籠もったとの報せです!」
コピットの顔色が変わった。
「……ククルースが?」
「はい。わずかな傭兵を率いて、モンゴリア軍に包囲されていると」
コピットは舌打ちした。
「ったく……」
あの男まで、死ぬつもりなのか。
「こりゃあ、どうしても陛下を見つけねえとな」
手綱を握り直した、そのときだった。
ふと――。
遠くの海岸で、何かが光った。
ほんの一瞬。
陽光を反射したような、小さな光。
「……ん?」
コピットは目を細めた。
荒涼とした岩場。
波。
断崖。
そして、その奥。
もう一度――。
きらり、と何かが光った。
コピットはしばらくそこを見つめていた。
やがて。
「おい」
低い声で、部下を呼んだ。
「俺について来い」
馬首を海岸へ向ける。
「残りはここで待て」
「何かございましたか?」
コピットは答えなかった。
ただ、少しだけ口元を上げた。
「……まさかな」
「で、なんて言ったんだ、リチャードは」
急に話を振られ、ロビンは少しあたふたしながら答えた。
「『大丈夫だ』と。それだけ伝えよ、と」
「そうか」
カルドは、しばらく黙っていた。
(俺には、過ぎた息子だったな)
やがて、ロビンを見て言った。
「俺も、あの世で会ったら――」
少しだけ笑う。
「大丈夫だと、そう伝えよう」
ロビンは何も答えなかった。
ただ胸の中で、静かに呟いた。
――リチャード様。
ちゃんと、伝えましたよ。
「陛下~! 探しましたよ!」
洞窟の入口から、聞き覚えのある声が響いた。
ほどなくして、一人の男が駆け込んでくる。
コピットだった。
カルドは少しだけ目を丸くした。
「よくここが分かったな」
「そりゃあ、長い付き合いですから」
コピットは肩で息をしながら笑った。
「陛下が逃げ込むなら、この辺だろうと思いましてね」
「逃げ込むとは何だ」
「違うんですか?」
「……まあいい」
すぐさま、コピットの口から、カワゴル砦の状況が伝えられた。
ククルースが、わずかな傭兵とともに砦へ立て籠もっていること。
そして――。
リチャードの亡骸も、そこにあること。
さらに砦の周囲を、万を超えるモンゴリア軍が包囲していること。
カルドは、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「ところで、コピット」
「はい?」
「頼みがある」
コピットは露骨に嫌そうな顔をした。
「こんなところでもですかあ?」
「お前にしかできない頼みなんだ」
「陛下、いつもそう言って、何やかや俺に押しつけますよね」
「ちょっとした使いだ。頼むよ」
コピットは大きくため息をついた。
「……分かりましたよ」
カルドは、何でもないことのように続けた。
「それと、兵を二千ほど借りるぞ」
「はいはい」
返事をしてから――。
コピットの動きが止まった。
「……二千?」
「二千」
「全部じゃないですか!」
だが、カルドはもう聞いていなかった。
何やら耳元で指示を出す。
コピットはしばらく黙って聞いていたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「まったく……」
そして、隣に立っていたロビンを見る。
「というわけで、頼むよ」
ロビンは深く頭を下げた。
「はい。命に代えましても」
「ああ、そうか」
コピットは、そこで初めて思い出したように指を鳴らした。
「ロビン君、だったっけ」
「はい」
「若いから知らないんだな」
コピットは親指でカルドを指した。
「うちの王様――」
少し得意そうに笑う。
「剣を持たせたら、めちゃくちゃ強いんだ」
ロビンが目を瞬いた。
コピットは片目をつぶった。
「置いてかれないようにね」
コメント
1件
うわ〜もうこの回、胸がぎゅーっとなる……!!😭💔 ククルースの回想シーン、赤ちゃんリチャードの手が小さすぎてカルドが「こんな手で何が持てるんだ」って言うところからもう泣けるし、今は息子の遺体と共に砦に籠もってるってのが重すぎるよ……。 コピットが「剣を持たせたらめちゃくちゃ強いんだ」って笑いながら言うのも、めっちゃ好きなシーン。仲間の信頼が感じられて熱い! 置いてかれないようにしなきゃ💪🔥