テラーノベル
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怜は抱きしめていた腕を緩めながら、考えもしなかった奏の言葉に刹那目を見開いた。
「寂しい?」
何かの聞き間違えか、と考えた彼は、もう一度奏に『寂しいのか?』と聞き返したが、彼女は黙ったまま頷いた。
「怜さんと一緒にいて嬉しいはずなのに……寂しい。どうして……? 何で……?」
伏目がちに消え入りそうな声音で言葉を呟く奏。
「怜さんと一緒にいるのに、心も…………身体も……寂しい……」
奏の太腿に伝い落ちる雫の跡が、更に増え続ける。
「奏。俺に遠慮しないで言って欲しい。全部……受け止めるから」
奏は再び肯首すると、辿々しく言葉を紡ぎ始めた。
「私……園田さんを始め、怜さんの歴代の彼女が……羨ましいって思って……」
「羨ましい?」
奏がゆっくりと首を縦に振り、時折鼻を啜る。
「怜さん、私にあんな過去があったから、私が怜さんに抱かれたいって思った時に抱くって言ってくれたけど……」
細い指先が目尻に溜まった涙を拭うと、奏は言葉を繋いだ。
「もし、私にあんな過去がなかったら、歴代の彼女たちと同じように、怜さんの思うまま私の事を抱いてくれたのかなって……」
奏を落ち着かせるように、怜が彼女の頭に手を添えながら撫でている。
「怜さんが私の身体に触れて、そろそろって時に『今日は、ここまでにしよう』って言ってくれて。私の気持ちを考えてくれて嬉しい反面、歴代の彼女は、そのまま怜さんに抱かれたんだなって思ったら……凄く羨ましくて…………嫉妬して——」
怜に胸の内を伝えていても、奏の瞳から涙が溢れて止まらず、雫の痕跡が頬に残っているのも構わずに、端正な顔を見上げた。
「——寂しかった……!」
奏の言葉に、怜は目を見張ったが、眉根を寄せながら細身の身体を強く抱きしめ、長い黒髪にキスを落とした。
「そこまで思い詰めてたのか。気付いてあげられなくて、すまなかった……」
怜が奏の頭をそっと撫でながら、触れるように唇を重ねた。
「俺も正直キツかった。『今すぐに奏を抱きたい』って何度も思った。けど奏の中に、まだセックスに対する恐怖心があると思ってたし、奏の気持ちを無視して抱く事だけはしたくなかった。奏を抱くのなら、互いの気持ちが向き合った時に、存分に抱きたいと思ったんだ」
彼の言葉を聞きながら、彼女は厚みのある胸板に顔を寄せ、首を横に振る。
「怜さんのお陰で、もう恐怖心もないし、過去のトラウマを思い出す事もないから……」
「そうか。トラウマや恐怖心が消えたのなら良かった……」
水を打ったような沈黙が、しばらくの間、二人を包み込んだ。
「奏」「怜さん」
同時に互いの名前を呼び合い、はにかむような表情を見せ合う二人。
「怜さんからどうぞ」
奏は怜に先に言うように促すと、彼は柔らかな身体を抱きしめたまま、奏の額に自らのそれを合わせる。
「奏……」
怜が顔を傾けさせながら唇をそっと塞いだ後、黒い瞳を射抜いた。
「奏を……抱きたい。いいか?」
奏の瞳は濡れたまま、コクリと頷く。
「私も…………怜さんに……抱かれたい」
奏の言葉に、怜は唇を緩やかな弧を描かせた後、色白の手を取りながら立ち上がると、リビングのライトとエアコンを消して、寝室へと向かった。
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