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「……あーでも、このままでもいいんじゃないかな」
開き直った様に言われたが、ちょっと寂しそうな顔をされてしまっては反発する気にもなれない。
「『形を持たぬ者』であるなら余計に、な。姿形があった方がこうやってコミュニケーションも可能になる。まぁ、それでも魔力が低い者には見えないみたいだけど、それは返って好都合だよな」
(だからって何も“マーモット”のままである必要はないのでは?)
とは正直思うが、……私をモフッている時の叶糸の様子を思い出し、渋々ながらも「わかった、ぞよ」とだけ返した。
「まぁ、しばらくはこのままでいるとしても、『管理者』である私は食事などの必要がない。なので君は、自分の食事を削るような真似はもうするんじゃないぞ、な」
「あー。気付いてたのか……」
「気付かぬはずがないだろう?」
そう言いつつ、彼の膝の上で体の向きを変え、対面の状態になる。決して、振り返ったままだと食い込む肉が邪魔だった訳では、にゃいっ。
「しっかり食べて、しっかり寝て、より良い人生を君に送ってもらうために私は来たの、じゃよ」
「……個別の案件には不干渉なんじゃ?」
私が言った『文化や文明に関してはもうここまで成熟してしまうと下手に手出しを出来なくて』の部分を、叶糸はそう受け取ったのか。
いや、まぁ、実の所『管理者』は全権を委ねられているが故に個々への人生や環境への干渉や微調整もやれる。やれるのだが——
(そこまで手を出すと、過剰労働で私の心が死ぬっ!)
私が今の任に就いた時代よりも人口が増加しているのもあって、現状ですらも『寝ずの番』みたいな状態が続いていて、もう頭も心もパンク状態なのだ。
だけど、自分の個体としての『名前』を記憶から失い、体の原型を保てない程なのだとは、お互いの今後のためにも黙っておく事にしよう。『そんなに大変なら、後継の件は辞退する』だなんて言われては困るしな。
「『君』は、『特別』なんじゃ」
そう口した途端、まるでこのタイミングを狙ったかの様に強い風が吹いた。私の『補佐』達が『演出』を加えやがったのだろう。
「……『特別』?」
と、叶糸が噛み締めるような声で呟く。言われた経験のない言葉だったのか、マーモットから言われたからなのか。目が少し見開き、私が自重で転がり落ちてしまわぬようにと支えてくれている手に軽く力が入った。
「叶糸」
改まった様な声で呼んだからか、「……はい」と言って叶糸が背筋を正した。
「実は、君には、私の『後継者』になるだけの力がある、のじゃ」
「『後継者』?……って事は、オレも『管理者』に?」
期待に満ちた声で、『も』の部分を強調されたけど、そこは受け流す事にする。『後継者』という表現を使い、交代制である事は既にちゃんと伝えているのだから。
「だけど、すぐの話じゃない、ぞ。あくまでも君の死後の話、じゃな。本来なら、引き受けるか否か一考して欲しいと言いたい所なんじゃが……正直な所、強制に近い話なの、じゃ」
一人申し訳ない気持ちになっていると、「……そうか」とこぼし、叶糸が「えっと、じゃあちょっと待って」と嬉々とした声で言った。
「今すぐ死ぬから」
咄嗟に彼の服を小さな手で掴み、「——ま、待てぇぇぇぇ!」と大声で叫ぶ。この魔力の流れ的に『魔力暴走』を引き起こして自殺する気でいたみたいだったからだ。
そんな事をすると『後継者』たる資格を失うかもしれない。そうなると私の任期がまた伸びて、次の資格保有者が生まれ出るまで私が『管理者』のままでいなければならないじゃないか!と思うと、心底ゾッとした。
「あ、飛び降りとかの方が良かったかな?それとも手首でも切ろうか?」
と、疲れの混じるニコニコ笑顔で叶糸が言う。
魔力を暴走させるのは止めてはくれたが、まだ死ぬ気でいる。もし魔力を消費せずに死んだとしても、また『死に戻る』可能性がゼロじゃない。しかももう跡を継げるだけの魔力量ではなくなってしまうらしいから、私は必死に首を横に振った。
「いやいや!真顔で言っていい台詞じゃないぞ⁉︎」
困った事にどう見ても真剣そのものである。今すぐ死んだとしても、少しの後悔も抱いていなさそうだ。
「え、でも『後継者』になる為には、『死ね』って」
「言ってないし!いつか人生を最後まできっちりしっかり全うした後の話、じゃ!」
そう言うと何故かガッカリされてしまった。簡単に『死ぬ』とか『死ね』とか、ホント勘弁してくれ。
(『人生』をしっかり全うしてからじゃないと、あんな、超絶ブラック労働状態の環境を引き継いでもらうとか、絶対にしたくないぞ)
ほぼ一人きりの空間で。居ても『補佐』達くらいな所で、最低でも千年以上は『ハコブネ』を見守り、稀にとはいえ『ノア』のご機嫌をも伺い続けるんだ。『幸せな思い出』でもないと、とてもじゃないがやっていけないだろう。
(現状、彼を取り囲む環境は『幸せ』とは程遠い状態だが、そこは、この先一緒に改善していけば良い、よな)
「天寿をまっとうした魂じゃないと、『後継者』にはなれん、のじゃ」
と、少しだけ嘘をつく。
「私は死神や悪魔じゃないからな。寿命のある者の魂を刈り取って連れて行くなんて真似は出来ないの、だよ」
真実も付け加えた。
「…………」
叶糸は黙ってはいるが、すごく不満そうだ。実像がよくわからなかろうが、それでもすぐにでも『管理者』になった方がマシなんだけどなと考えているのが、彼の顔を見ただけでもすぐ分かる程に。
「そう不満を抱くな。私が、直々に、君を幸せへと導いてやるから、の」
彼の服をぎゅっと掴み、真面目な声で言ったが、正直この体では格好がつかない。『マーモットが導く先なんて、何なんだ』と自分に対して自問自答してしまう。
なのに叶糸は、「……あぁ、わかった」と言って私のワガママボディをギュッと抱き締めてきた。骨が砕けそうな程ではないが、息が詰まる程度には苦しい。
彼は少しの嗚咽を溢し、私の体を涙で濡らし始めたが……そのままそっとしてやる事にした。
……幸せに導くと大見栄切って言ったはいいが、彼を取り囲む環境は、そこかしこが問題ばかりだ。だけど『自分の願い』を叶える為にも、一つづつどうにかしていかねばと自分を奮い立たせた。