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昼食を終え、喫茶店から出て駅前の美容院に向かう湊音。
理容店しか行ったことがない湊音は、おしゃれで広い美容院に少し緊張しながらキョロキョロと見渡す。
だが、その美容院の広いフロアではなく、個室に通される。
「こ、個室? 高くないかい?」
「僕の友達が通してくれたんだ」
ますます緊張する湊音。
その個室には金髪のおしゃれな男性が立っていた。湊音より少し年下のようだ。
「僕の友達連れてきたよ、大輝」
「あ、この人? こんにちは、初めまして。オーナーの大輝です。よろしく」
「槻山湊音です、よろしくお願いします」
湊音は明らかに緊張している。
筋肉質でイケメンな大輝の笑顔に、少しどきっとする。
李仁はというと、個室の後ろ側にあるソファに座っている。
「癖毛だね。頭もいい形だし、髪もしっかり生えてる、強い毛。よし、決めた。じゃあシャンプーから。昭くん、お願いね」
大輝は湊音の髪の毛を少し見ただけで、どうするかをもう決めているようだ。
湊音は訳も分からぬまま、シャンプーに連れていかれる。
シャンプー担当の若い男性もいい匂いがして、湊音は何だか夢のようだと感動している。
そしてシャンプーを終えて、大輝のもとへ戻ると、李仁はニコニコして待っていた。
「はい、明日のデートのためにさらにカッコよくしますね」
「お願いします……」
鏡越しに李仁が見ているのに気付いた湊音は、『デートって言ったのかっ』と恥ずかしくなる。
しかし目の前に写る自分がどう変わるのか、ドキドキしている。
会話をしながら、大輝に施されていく湊音は、少しずつリラックスして緊張もほぐれていく。
そして出来上がった髪型。
ドライヤーで乾かされて整えられた湊音の姿を見て、思わず言った。
「これが僕?」
普段、理容店で整えてもらっている髪型とは全く違う。少し若返ったような自分に驚く。
「さすが、大輝くん。おしゃれー」
李仁も大喜び。湊音は褒められることが少ないので、恥ずかしくて何度も鏡を見てしまう。
個室から出る際、大輝が湊音を呼び止め、耳元で囁いた。
「また来てください。今度ご指名くださいね。湊音さんなら、指名料は取らないので」
湊音はふと大輝の顔を見ると、にっこりと笑顔を浮かべている。
『すごい笑顔だな……でも、この人になら任せてもいいかも。さて、こんな高そうな場所、一体いくらするんだろう?』
受付に向かうと、李仁がすでに会計を済ませていた。慌てて駆け寄ると、彼から袋を渡された。
「お金は気にしないで。あ、これシャンプーとトリートメント。大輝くんがあなたの髪質を見て選んでくれたから」
「そ、そんな……悪いですよ。払います」
「いいって、払わせて。 さぁ、次行こう!」
『うわぁ、どうなっちゃうの、僕?!』
「ただいまぁ……」
午前中、母親と喧嘩して家を出た湊音だが、普通に帰ってきた。出かける前と違って、紙袋をいくつかぶら下げている。
「もうヘトヘトだ……李仁さんのペースについていくのが大変すぎた」
紙袋の中には、着ていた服や明日のデート用の服、仕事用の服、靴、鞄もある。
湊音はこれらを自分の金で買ったが、普段は自分で服を選ばないため、髪型を変えたことで服の幅が広がったことに驚いている。
「おかえりなさい、今朝は言い過ぎたわ……て、ミナ……くん?」
志津子は驚き、しばらく固まってから湊音を抱きしめる。
「かっこいいじゃない! もおおおおっ」
『かぁさーーーん、いきなり抱きしめられても!』
すると、広見も驚いた顔でやってきた。
「誰だ」
「僕だよ!」
そして次の日、湊音は明里と駅前で待ち合わせをしていた。
李仁が選んでくれたジャケットとジーパン、鞄も新しいショルダータイプだ。
「おまたせ」
湊音は明里を見つけて声をかけると、明里は少し頬を赤らめて驚いた表情を見せた。
「どうしちゃったの……お洒落しちゃって」
軽く湊音の腕を叩く。
「ちょっとイメチェン」
「イメチェンし過ぎぃー……」
明里の表情が少し浮かない様子だが、湊音は自分から手を繋いだ。
いつもなら彼がこうすることはないのに、湊音は気づけばそうしていた。
見た目が変わったことで、気持ちにも少し変化があったのだろうか。
水族館に着き、二人で魚たちを見る。
子供の頃に何度も訪れた場所なのに、大人になってから意中の相手と来ると、なんだか新鮮な気持ちになることに湊音は気づく。
水族館を出てからディナーを食べ、明里の部屋で過ごした。久しぶりに湊音はテンションが上がっていた。
しかし、明里は終始浮かない顔で、大水槽の前に立っていた。
『どうしたんだろう、体調悪いのかな……』
李仁が教えてくれたことを思い出し、湊音は気遣いながら彼女の様子を見守る。
女の子は体調に波があると李仁は言っていたし、もしかしたら生理なのかもしれない。
突然、明里の目から涙が流れた。
「明里さん……」
「ごめんなさい、つい」
湊音はハンカチを差し出すが、明里は自分のハンカチで涙を拭く。
「体調が良くないの?」
明里は首を横に振ると、涙が止まらない。湊音は慌ててベンチに座らせる。
「ねぇ、湊音さん」
「は、はい」
「私たち、付き合ってないんだよね」
「……その、あの」
「まだ付き合ってくださいとか言われてなくて、セックスばかりしてるの」
「ごめんなさい、それは……」
明里は涙を流しながら湊音を見つめる。
「あなたがはっきりしないから……んっ……
私、他の人と、婚活パーティーで会った人と会ってたの」
「えっ……」
『僕が一番だって言ってたのに?!』
明里は話を続ける。
「その人と昨日、セックスした」
「えっ」
「一日中ずっと部屋の中でセックスしてた」
「……どういうこと?」
突然、湊音はビンタをされた。
「そういうことよ。その男もやるだけやって、もう付き合えないとか言って……そしたら今日現れたのがイメチェンしてかっこよくなった湊音さん! こんなにイケメンで、告白フラグたったと思ったけど……不安で、不安で他の婚活パーティーで会った人と片っ端から会ってセックスした」
「ええええ……」
湊音は驚き、呆然とした。
「ごめん、もう無理だよね……」
「そ、その、えっと……」
再度ビンタを受ける。
「あなたがしっかりしないからよ! ごめん、本当は今日のデートも断ろうと思ったの。でもこれを最後にって思ったけど、もう手遅れ。最後までしっかりしてくれないあなた、体ばかりで結婚のことを考えないあなた、もう最低最悪。こっちは真剣なんだよ。もう26なの、間に合わないの! なんのための婚活?! さようなら!」
明里はそう言い残し、湊音の前から去っていった。周囲の視線が痛い。
『明里さんっ、なんで……』