テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
やがて車は、高級住宅街のコインパーキングに到着した。
車を降りた花梨は、柊の後を追う。
(こんな素敵な住宅街に、ラーメン屋さんなんてあるの?)
そう思っていると、柊が歩きながら言った。
「この川沿いの少し先に、美味しい屋台ラーメンがあるんだ」
「屋台?」
「そう。元バンドマンのおやじさんがやってるんだ」
その言葉に、花梨は興味をそそられる。
「へぇ…… 面白そう」
「屋台で食べたことは?」
「ないので、楽しみです!」
花梨の笑顔に、柊はホッと胸をなでおろした。
しばらく歩くと、川沿いの少し開けた場所に屋台が見えてきた。
「あれですか?」
「そうだよ」
そう答えると、柊は屋台に近づき、店主に声をかける。
「おやじさん、こんばんは! また来たよ」
「おう、兄ちゃん、久しぶりだな」
「ずっと忙しくてさ……今日は新客を連れてきたよ」
「そりゃありがたい! お嬢さん、いらっしゃい」
白髪交じりで70歳前後と思われる男性は、目尻に皺を寄せ微笑みながら言った。
屋台にはいくつものランタンが灯り、古いCDプレーヤーからは『Moon River』が流れている。
その音色は、どこか哀愁に満ちていてロマンティックだ。
(屋台なのに、素敵な雰囲気……)
花梨はそう思いながら、店主に挨拶をした。
「こんばんは!」
「お嬢さん、うちは味噌ラーメン一種類しかやってないけど、それでいいかい?」
「あ、はい。味噌ラーメン大好きです!」
「そりゃ良かった。じゃあ、少々お待ちを!」
店主はグラスに水を注ぎ二人の前に置くと、さっそくラーメンの準備に取りかかった。
その様子を見ながら、花梨は柊に話しかける。
「素敵な屋台ですね」
「うん。おやじさんの趣味がいいだろう? だから、居心地が良くてつい来ちゃうんだ。味もバッチリだしね」
「わぁ、美味しい味噌ラーメン、楽しみ!」
花梨が無邪気に喜ぶ姿を見て、柊の頬が緩む。
そして、彼は静かに尋ねた。
「で、ため息の原因は何だったんだ?」
「課長! それを聞き出すために、私をここに連れて来たんですか?」
「バレたか」
おどけた表情を見せる柊を見て、花梨は思わず声を出して笑った。
その時、店主が口を挟む。
「なんだい、お二人さんは、上司と部下なのかい?」
「はい、そうです」
花梨が笑顔で答えると、店主はニヤリとして言った。
「それも今だけだろうなぁ……」
「え? それって、どういう意味ですか?」
花梨が不思議そうに聞き返すと、店主は再びニヤリとして言った。
「うちの屋台に来た男女は、その後、必ず結ばれるんだよ」
その言葉に驚いた花梨は、慌ててこう返した。
「ないない、絶対そんなことないです! ね? 課長?」
花梨が柊を見ると、彼は含み笑いをしながら何も答えない。
そこで、店主が再び口を開いた。
「いや、俺の予想は当たるんだ。ちなみに、沢田海斗って知ってるかい?」
突然、有名なミュージシャンの名前が飛び出したので、花梨は驚きながら返事をした。
「もちろん! 『solid earth』のボーカルですよね? 彼がどうしたんですか?」
「あの人、結婚しただろう? ずーっと独身主義者だって言われてたのに、急に!」
「はい。でも、それが何か?」
「彼も、結婚前に何度か嫁さんとここに来たんだよ。で、その後、結婚した」
その話は柊も初耳だったようで驚いていた。もちろん花梨も驚いている。
「そうなんですか? じゃあ、おじさんは二人がここに来た時、いずれ結婚するって分かったの?」
「そうだよ。すぐにピンときたさ!」
「へぇー、すごい……」
「だから君たちも、いずれ結婚するだろうな」
店主が楽しそうに言ったのを聞いて、花梨は慌てて否定した。
「ないない、絶対ないですっ!」
「ハハッ、今はそう思ってても、後できっと分かるから」
「おじさんには悪いけど、今回は外しますよ。だって私、結婚とかまったく興味ないですから」
「そうなのかい? それはどうして?」
「もう恋愛は懲り懲りなんです! 私は一生一人で生きていくって決めたんですから!」
「お嬢さんみたいな美人さんが、そんな悲しいこと言うもんじゃないよ。女性は、やっぱり愛されて幸せになった方がいいと思うけどなあ」
「いいえ、男に依存する生き方なんて、まっぴらです! それに、永遠に続く愛なんて、この世には存在しませんから……」
「あらら、このお嬢さんはかなり重症みたいだな! 兄ちゃん、これは相当手強いぞ〜」
店主はそう言ってハハッと笑った。 その時、ちょうどラーメンができ上がった。
「はいよ、味噌ラーメン二丁! お待たせ!」
「わあ、美味しそう! いただきまーす!」
「いただきます」
二人がラーメンを食べ始めると、店主はポケットから煙草を取り出し、少し離れたベンチへと向かった。
ラーメンを一口食べた花梨は、その美味しさに感動しながら言った。
「課長! すごく美味しいです! こんなコクのある味噌ラーメンは初めてかも!」
「だろ? この味噌は、おやじさんの奥さんが作った自家製だそうだ」
「だから、こんなに美味しいんだ」
花梨はそう言いながら、ハフハフと熱々のラーメンをすする。
柊はそんな花梨を見ながら尋ねた。
「失恋の痛手のせいで、生涯独身宣言?」
柊からの思いがけない質問に花梨は驚いたが、すぐに返事をした。
「まあ、それも要因の一つですけど、私、もともと、男の人って信用してないんで」
その言葉に、柊の箸が一瞬止まった。
「それは、どうして?」
「まあ、これまでいろいろあったんで。だから、永遠に続く愛なんて存在しないって分かってるんで、期待するだけ無駄なんです。すみません、夢のないこと言っちゃって……」
「…………」
柊はそれ以上何も言えなかった。
何が彼女をそういう考えにさせたのか追究したい気持ちはあったが、この場では問いかけることはできない。
(過去に一体、何があったんだ?)
柊はこの時、部下である花梨のすべてを知りたいと思っている自分に気づいた。
そして、自分の中にそんな気持ちが芽生えていることを知り、小さな衝撃を受けていた。
コメント
69件
↓↓らびちゃん、ありがとうー!!屋台のラーメン屋さんのおじさんの名前が喉に引っかかって。。。出て来なかったけど、分かって良かったー😊 及川さんだー!!お元気そうで良かった👌
どんなふうに距離が近づいていくのか😍ワクワクします🤭
花梨ちゃんの頑な気持ちをどうやって柊さんが解いて行くのか楽しみです😊 海斗さん達に会いに行ってきます💕