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泡咲めろあ🫧🪄
843
りんご
904
死人たちの列は、月明かりの下を進んでいた。
誰も口を開かない。
草を踏む音だけが、夜道に続いている。
ゴォォォォン――。
鐘が鳴る。
そのたびに、死人たちの歩みが少しずつ速くなる。
旅僧は列を見つめた。
生きているようで、生きていない。
死んでいるはずなのに、何かを求めて歩いている。
その行き先だけが、誰にも分からない。
佐衛門は列の先を見ていた。
森の奥。
鐘の音。
そして、道に残された轍。
昼間に見つけたものと同じだった。
何か重いものを引きずった跡が、死人たちの向かう先へ続いている。
「急ぐぞ」
佐衛門が言った。
「はい」
旅僧が足を速める。
後ろから、お師さんが鼻を鳴らした。
「嫌な予感しかしねえな」
「今さらだろ」
佐衛門が返す。
「違えねえ」
お師さんが苦笑した。
そのやり取りだけが。
妙に懐かしかった。
*
深夜。
森が途切れた。
開けた場所へ出る。
旅僧は思わず息を呑んだ。
古い石畳。
崩れた鳥居。
半ば土に埋もれた祠。
その中央に――鐘があった。
巨大な青銅の鐘。
寺に吊るすような代物ではない。
山そのものを削って造ったのではないかと思うほど、大きい。
その鐘を、一人の影が動かしていた。
黒い衣。
痩せた身体。
長い髪。
顔は、よく見えない。
影が鐘木を引く。
ゴォォォォン――。
空気が震えた。
死人たちが一斉に足を止める。
そして。
一人。
また一人と、広場へ入っていく。
佐衛門は鐘を見上げた。
「随分と迷惑な奴だな」
影の手が止まった。
鐘の余韻だけが、山へ消えていく。
「迷惑か」
掠れた声。
「そうだ」
佐衛門は死人たちを見る。
「死者を連れ回すな」
「連れ回す?」
影が振り返った。
「違う」
声に、僅かな笑いが混じる。
「帰しているんだ」
旅僧が息を呑む。
村長と同じ言葉だった。
佐衛門は首を振る。
「違うな」
「何が違う」
「帰りたい奴は、あんな顔をしない」
死人たちを指す。
誰一人として、嬉しそうではない。
懐かしそうでもない。
ただ歩いている。
引かれるままに。
鐘撞きは黙った。
佐衛門は続ける。
「お前が連れて行ってる」
長い沈黙。
鐘撞きは否定しなかった。
その時。
人影が前へ出た。
「……久しいな」
鐘撞きが顔を上げる。
しばらく見つめ合う。
やがて。
「お前か」
「ああ」
旅僧は二人を見比べた。
まただ。
また、佐衛門の知らないところで繋がっている。
鐘撞きは鐘木から手を離した。
「まだ生きていたのか」
人影が苦笑する。
「お互い様だ」
風が吹いた。
鐘撞きの髪が揺れる。
その顔が、月明かりに浮かんだ。
確かに顔がある。
だが。
旅僧は、見た瞬間に目を逸らした。
なぜか覚えられない。
見ようとすると、輪郭がほどける。
鐘撞きは、そんなことなど気にしていない様子で、ゆっくりと佐衛門へ視線を向けた。
そして。
止まった。
長い時間。
まるで。
失くしたものを見つけたように。
「……やっと追い付いた」
旅僧の背筋を冷たいものが走った。
鐘撞きが笑う。
嬉しそうに。
けれど、その奥には泣き出しそうなものがあった。
「久しぶりだな」
一歩。
「佐衛門」
お師さんの隻眼が揺れた。
人影は目を閉じる。
旅僧は息を止めた。
また。
この者を知っている者が現れた。
そして。
また、佐衛門だけが知らない。
佐衛門はしばらく鐘撞きを見た。
やがて首を傾げる。
「悪いな」
声は静かだった。
「覚えてない」
鐘撞きは笑った。
ほんの少しだけ。
「そうだろうな」
寂しそうな笑みだった。
「だから来た」
「何しに?」
「迎えに」
佐衛門の目が細くなる。
「誰を」
鐘撞きは答えなかった。
ただ、空を見上げる。
雲の向こう。
月。
そのさらに向こう。
「時間がない」
呟いた。
その瞬間だった。
誰も触れていない鐘が、ゆっくり揺れ始めた。
ゴォォォォン――。
大地が震える。
死人たちが一斉に空を見上げた。
旅僧の懐が熱くなる。
「札が……!」
封印札を取り出す。
血のような文字が滲んでいた。
――鳴らすな。
文字が消える。
次の一行。
――聞くな。
さらに。
紙が震える。
最後に現れた文字を見て、旅僧は息を呑んだ。
――第六封印 近し。
鐘撞きは笑っていなかった。
人影も。
お師さんも。
誰一人として口を開かない。
佐衛門だけが、鐘を見上げている。
そして。
ゆっくりと刀へ手を置いた。
鐘撞きが言う。
「抜くのか」
「必要ならな」
「そうか」
鐘撞きは寂しそうに目を伏せた。
「それも、変わらない」
ゴォォォォン――。
鐘が鳴る。
六度目ではない。
六つ目へ届くように。
その音は、山を越えた。
谷を越えた。
そして。
まだ見えない何かへ届いていく。
佐衛門は刀の柄を握った。
目の前にいるのは、これまでの怪異とは違う。
封印を守る者でもない。
封印に囚われた者でもない。
自ら鐘を鳴らし、死者を連れて行く者。
そして。
佐衛門の過去を知っている者。
鐘の余韻が消える。
静寂。
佐衛門は鐘撞きを見た。
「まずは」
一歩、踏み出す。
「その鐘を止める」
鐘撞きは答えなかった。
ただ。
どこか悲しそうに笑った。
夜の山に、再び風が吹いた。
コメント
1件
うわあああっ第十話、重くて美しくて怖い…!😭✨ 鐘撞きの「やっと追い付いた」「迎えに」のセリフ、めっちゃ胸に刺さった…佐衛門だけが覚えてない切なさよ…!でも「その鐘を止める」って刀握る佐衛門、かっこよすぎる…! 「第六封印 近し」の文字、震えた…この先どうなるの!?続きが気になって夜しか眠れない…!🌙💫