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北実side
ダンジョンに行ってから2日後の朝。
俺たちは王都の通りを歩いていた。
目的地は──「不思議の国のアリス」。
あの五人が営む喫茶店だ。
隣では南実が伸びをしている。
南実「なんかめちゃくちゃ久しぶりな感じするね。」
北実「……まだ6日ぶりだけどな。」
南実「そうだっけ?」
能天気な返事に、思わず小さく息を吐く。
日向、国雲、陸斗、海斗、空斗も一緒だ。
七人で並んで歩きながら、自然と昨日のことを思い出していた。
昨日は、自由行動だった。
他の皆はそれぞれ別行動だったが、俺たち七人は王都中を歩き回っていた。
目的は一つ。
和菓子と不思議の国のアリスの絵本を探すこと。
北実「すみません、和菓子ってありますか?」
何度も、何度も聞いた。
だが──
店員1「ワガシ? なんだそれは。」
店員2「申し訳ありませんが、聞いたこともありませんね…」
店員3「新しい料理名ですか?」
返ってくるのは、どこも同じ反応だった。
店をいくつ回っても、結果は変わらない。
南実「やっぱり……ないね。」
南実が呟く。
海斗「あの店だけ、なのか……?」
海斗が眉をひそめる。
確かに、不思議の国のアリスには存在していた。
抹茶も、団子も、金平糖も。
なのに──この世界には存在しない。
違和感は、ますます強くなった。
その後、俺たちは以前いつか強くなる隊と行った資料館へ向かった。
薄暗い館内。
古い紙の匂い。
本棚を一つずつ調べていく。
だが──
日向「……ないですね。」
日向が首を振る。
国雲「どこにもないアルよ。」
国雲も腕を組む。
絵本は、見つからなかった。
代わりに──
空斗「北実くん、これ。」
空斗が一冊の本を差し出した。
表紙には、
勇者召喚記録
と書かれていた。
俺たちは顔を見合わせ、ページを開く。
一番新しい記録。
七十年前のページ。
そこには、こう書かれていた。
その代において召喚された勇者は、五人の兄弟であった。
構成は、女、女、男、男、女。
特に注目されたのは、姉妹のうち二人が双子であったことである。
伝承において、世界を救った勇者は双子の兄弟であったとされており、その再来として多くの期待が寄せられた。
しかし、召喚された五人はいずれも十五歳にも満たない年齢であり、魔法世界への適応が不十分であった。
本来発揮されるはずの能力の多くは、十分に発現しなかったとされている。
また、召喚後、五人全員に体質変化が確認された。
外見は黒髪黒目から金髪青目へと変化。
さらに、老化速度が著しく低下し、不老に近い状態となった。
加えて、双子の姉妹には特異な変異が発生した。
姉は半身が天使化し、妹は半身が悪魔化したのである。
天使となった姉は神聖な存在として崇拝され、多くの支持を得た。
一方で、悪魔となった妹は敵対種族と見なされ、強い忌避と批判の対象となった。
勇者としての適格性を疑問視する声も少なくなかった。
その後、五人の活動は次第に減少し、やがて公の場から姿を消した。
以降、彼らの所在は不明である。
現在も生存しているかどうかを含め、一切の記録は存在しない。
陸斗「……金髪に青目か。」
陸斗が呟いた。
南実「五人兄弟……双子の姉妹……」
南実も続く。
俺の脳裏に浮かぶのは、あの五人。
アリシアの五人。
国雲「……似すぎてるアル。」
国雲が珍しく低い声で言った。
だが──
天使、悪魔、不老。
そんな話は、聞いたことがない。
北実(同一人物……なのか?)
確証はなかった。
だが、偶然で片付けるには一致しすぎていた。
南実「……着いたね。」
南実の声で、意識が現実に戻る。
目の前には──
「不思議の国のアリス」
木製の看板。
変わらない外観。
変わらないはずの場所。
俺たちは無言のまま、扉を見つめた。
そして──
俺は、扉に手をかけた。
カラン、とベルが鳴る。
ラン「いらっしゃいませ!」
聞き慣れた声が、店の奥から響いた。
ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。
ラン「北実さんたちですね。おはようございます!」
ランが、いつも通り柔らかく笑った。
レン「おー、また来たのか!」
レンが元気よく手を振る。
リン「朝から騒がないで。」
リンがすぐにたしなめる。
ルン「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。」
ルンが丁寧に頭を下げる。
──その時。
ロン「発射ー!!」
甲高い声と同時に、
ヒュンッ
細い小型のロケットが、一直線に俺の顔めがけて飛んできた。
北実「……っ!?」
反射的に顔を逸らす。
ロケットは俺の頬のすぐ横をかすめ、壁にぶつかって床に転がった。
リン「ロン!!」
リンの怒鳴り声が響く。
リン「店の中でロケット飛ばすなって何回言えばわかるの!?」
ロン「えー! 当たってないじゃん!」
リン「当たってなくてもダメ!!」
ロンは頬を膨らませている。
国雲「……危なかったアルね。」
国雲が呆れたように呟いた。
日向「北実さん、大丈夫ですか?」
日向が心配そうに覗き込んでくる。
北実「ああ……なんかもう、慣れてきた。」
自分でも、何を言っているのかわからなかった。
慣れてきた?
普通、慣れるものなのか?
そんなことを思いながら、店内を見回す。
朝早いからか、客はまだ誰もいない。
静かな空間。
木の床。
障子のような形の窓。
どこか──
北実(……日本、みたいだ。)
言葉にできない感覚があった。
懐かしいような。
そんなはずはないのに。
ラン「お席、こちらです!」
ランに案内され、席に座る。
南実がすぐにメニューを手に取った。
南実「…ねえ北。やっぱり、あるよ。」
差し出されたメニューを見る。
──焼き菓子〈団子風〉
──抹茶のクリームタルト
──空色パフェの金平糖かけ
間違いない。
北実「どうしてここだけ…」
思わず、口から漏れた。
ラン「え?」
ランが首を傾げる。
ルンが不思議そうにこちらを見ている。
ルン「何か、気になることでもありましたか?」
丁寧な口調。
穏やかな表情。
普通の、子供。
……普通のはずだ。
北実「……なあ。」
気づけば、口が動いていた。
北実「お前たち、この店……いつからやってるんだ?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
五人の空気が、止まった気がした。
ラン「えっと……」
ランが笑顔のまま、言葉を探す。
ラン「結構前、ですよ?」
南実「結構前って、どれくらい?」
南実が、いつもの調子で聞く。
ラン「うーん……」
ランは、困ったように笑う。
ラン「覚えてない、かもです。」
──覚えていない?
国雲が眉をひそめる。
レン「小さい頃からやってるからさ!」
レンが割って入った。
レン「気づいたらここにいた、みたいな!」
リン「レン、適当なこと言わないで。」
リンが睨む。
レン「適当じゃねーし!」
口論が始まりそうになる。
だが──
ルンは、何も言わなかった。
ただ、俺を見ていた。
まっすぐ。
静かに。
北実「……もう一つ、いいか。」
自分でも、止められなかった。
北実「──七十年前の勇者の話を、知ってるか?」
空気が、凍る。
今度こそ、はっきりと。
五人全員の動きが止まった。
誰も、答えない。
南実「……似てるんだよね。」
南実が、ぽつりと言う。
南実「君たちに。」
北実「…お前たちが、その勇者なんじゃないのか?」
ルンが一瞬目を伏せ、
ルン「……どうして、そう思ったんですか?」
と、静かに聞いた。
否定は、しなかった。
沈黙。
重い沈黙。
やがて──
北実「資料館で読んだんだ。」
俺は続ける。
北実「70年前に召喚された勇者は五人兄弟でそのうち2人は双子の姉妹。召喚の影響で金髪青目になった。」
ランの指先が、わずかに震えた。
ルン「……すごいですね。」
ルンが、小さく言った。
その声は、いつもより少し低かった。
ルン「そこまで、調べたんですか。」
顔を上げる。
その目は──
今までの子供の目じゃなかった。
俺の背筋に、冷たいものが走った。
店の中は、しんと静まり返っていた。
外の音さえ、遠く感じる。
長い沈黙。
その沈黙を破ったのは──
ラン「……隠していて、ごめんなさい。」
ランだった。
顔を伏せ、小さな声でそう言った。
リン「ラン……」
リンが、複雑な表情で姉を見る。
やがて、ランは決心したように顔を上げた。
そして──
ラン「……私たちの、本当の名前を言います。」
五人は、横一列に並んだ。
そして──
ラン「時兎蘭奈です。」
リン「時兎凛奈。」
ルン「時兎瑠維です。」
レン「時兎蓮維だ。」
ロン「時兎羽論!」
全員が、自分の名前を告げた。
その瞬間、空気が変わった気がした。
今までの「ラン」「リン」たちじゃない。
もっと遠い時間を生きてきた存在が、そこに立っていた。
南実「……やっぱり。」
南実が、息を呑む。
レン──いや、蓮維が一歩前に出た。
蓮維「俺たちは、七十年前に召喚された。」
まっすぐ、俺たちを見て言う。
蓮維「戦争が終わってすぐのころ、日本で普通に生きてた俺たちは、突然この世界に呼ばれた。」
その目は、どこか遠くを見ていた。
蓮維「最初は、すごかったんだ。勇者だって言われて、みんなが歓迎してくれてさ。期待してる、世界を救ってくれって、何度も言われた。」
少しだけ、笑う。
だが──
その笑みは、すぐに消えた。
代わりに口を開いたのは、凛奈だった。
凛奈「……でも、それは長く続かなかった。」
悔しさを押し殺すような声。
凛奈「能力測定をして、訓練をして……そのうち、わかったの。うちらは、期待されていたほど完璧な勇者じゃなかった。」
拳を、強く握る。
凛奈「それまでは、まだよかった。マシだった。」
そこで、一度言葉を切る。
そして──
凛奈「あの日、体質が変わった。」
重い言葉。
凛奈は、自分の背中に手を回した。
凛奈「うちら五人は全員、老化が遅くなって、不老に近い体になった。それだけじゃない。」
視線が、隣の蘭奈へ向く。
蘭奈も、静かに頷いた。
凛奈「うちら双子だけは……もっと、大きく変わった。」
凛奈の声が、震える。
凛奈「蘭奈は、半分天使になった。」
蘭奈の左側の背中。
服の下から、白い羽がわずかに覗いているのが見えた。
だが、それは完全な翼じゃない。
片側だけの、歪な翼。
凛奈「そしてうちは──半分悪魔になった。」
凛奈の右側。
同じように、黒紫の翼があった。
こちらも、片側だけ。
歪で、不完全な形。
凛奈「目の色も、変わった。」
蘭奈の瞳は、青い。
だが、他の四人よりずっと淡く、白に近い。
凛奈の瞳は、青の中に紫が混ざっている。
凛奈「その時からよ。」
凛奈は、唇を噛んだ。
凛奈「みんなの態度が変わったのは。天使の蘭奈は崇められて、悪魔のうちは嫌われた。…勇者なのに、敵と同じ存在だって言われた。」
声が、震えている。
凛奈「……同じ勇者だったのに。」
店の中に、沈黙が落ちた。
その沈黙を、蘭奈がそっと引き取る。
蘭奈「だから、私たちは勇者を辞めました。」
優しい声だった。
蘭奈「これ以上、凛奈が傷つくのを見たくなかったから。」
凛奈が、驚いたように蘭奈を見る。
蘭奈は、微笑んだ。
蘭奈「それから、五人で生きていく方法を探して……このお店を始めたんです。」
静かに、店内を見回す。
蘭奈「ここなら、私たちらしくいられると思ったから。」
瑠維が、一歩前に出た。
瑠維「店名の由来も、日本に関係があります。」
少しだけ、懐かしそうに笑う。
瑠維「僕たちが日本にいたころ、『不思議の国のアリス』という絵本が流行っていたんです。それに、僕たちの名字には兎が入っているでしょう?絵本にも、うさぎが出てきますから。」
小さく、肩をすくめた。
瑠維「ただの、洒落心です。」
──不思議の国のアリス。
その名前の本当の意味を、初めて知った。
七十年前。
勇者として召喚され、
期待され、
拒絶され、
それでも──
ここで、生きてきた五人。
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
ロンでさえ、何も言わない。
さっきまでロケットを飛ばしてはしゃいでいたのが嘘みたいに、ただ不安そうに姉たちの顔を見上げている。
最初に動いたのは──南実だった。
南実「……びっくり、した。」
小さく、正直な声。
南実「まさか、本当に勇者だったなんてね。」
責めるような響きはない。
ただ、戸惑っているだけだった。
蘭奈「……ごめんなさい。」
蘭奈が、また謝ろうとする。
だが、
北実「謝る必要なんて、ないだろ。」
思わず、俺はそう言っていた。
蘭奈が、目を見開く。
北実「隠してた理由は、なんとなくわかる。」
あんな話を聞けば、誰だって簡単には口にできない。
勇者として呼ばれて、
期待されて、
そして──拒絶された。
北実「むしろ……」
言葉を探す。
うまくまとまらない。
だが、それでも。
北実「……ここで、普通に笑ってるのがすごいと思う。」
本心だった。
蘭奈は、一瞬きょとんとして──
それから、ふっと笑った。
蘭奈「……ありがとうございます。」
その笑顔は、いつもの店員の笑顔じゃなかった。
もっと──
長い時間を生きてきた人の笑顔だった。
凛奈「……信じるの?」
凛奈が、俺を見る。
試すような目。
警戒と、不安が混ざった目。
凛奈「うちらのこと。」
その問いに、少しだけ考えて──
北実「もちろん、信じるよ。」
凛奈の目が、揺れる。
北実「証拠なんて、いくらでもあるしな。」
そう言って、蘭奈の翼を見る。
凛奈も、気づいて小さく息を呑んだ。
北実「それに──」
店の中を見回す。
団子。
抹茶。
金平糖。
この世界に存在しないはずのもの。
北実「ここは、日本の匂いがする。」
その言葉に、
五人全員が、息を止めた。
瑠維「……やっぱり、わかるんですね。」
瑠維が、静かに言った。
瑠維「完全に同じではありませんけどね。僕たちの記憶を頼りに、再現したものですから。」
蓮維「へへー、すごいだろ!」
蓮維が、少し誇らしげに言う。
蓮維「最初は全然うまくいかなかったんだぜ!」
瑠維「材料の量を間違えて、みんなでお腹壊したこともありましたね。」
瑠維が苦笑する。
凛奈「ちょっと、それは言わなくていいでしょ!」
凛奈が顔をしかめる。
蓮維「えー、いいじゃん!」
少しだけ──
空気が、軽くなった。
その時。
羽論「ねえ。」
羽論が、俺の服の裾を引っ張った。
見下ろすと、不安そうな顔。
羽論「……言わない?」
北実「え?」
羽論「ロンたちのこと…」
小さな声。
羽論「みんなに。」
その言葉に、
蘭奈たちの空気が、また張り詰めた。
──そうだ。
この事実は、本来なら歴史の闇に消えたものだ。
知られれば、
また──
同じことが起きるかもしれない。
期待。
そして、
拒絶。
俺は、しゃがんで羽論と目線を合わせた。
北実「言わない。」
はっきりと、答える。
北実「お前たちが望まないなら。」
羽論の目が、大きくなる。
羽論「……ほんと?」
北実「ああ。」
そう言うと、
羽論は、ぱっと笑った。
羽論「やった!」
その笑顔は、
七十年を生きた存在じゃなくて、
ただの七歳の女の子だった。
そして──
蘭奈たちも、
どこか、安心したように微笑んでいた。
それからは、不思議なくらい普通だった。
「じゃあ今日は何頼みます?」と蘭奈がいつもの調子で聞いて、
「俺、団子風!」と蓮維が勝手にメニューを勧めてきて、
「あんたは店員でしょ。」と凛奈がすかさず突っ込む。
羽論はというと、またロケットを取り出そうとして瑠維に無言で没収されていた。
瑠維「これは没収。」
羽論「ええー!」
さっきまでの重たい空気が嘘みたいだった。
南実は抹茶のクリームタルトを頬張りながら、「やっぱり落ち着く味だね」とにこにこしているし、空斗は「七十年前レシピ再現ってロマンじゃね?」と勝手に盛り上がっている。
凛奈は少しだけ表情を緩めて、俺たちの様子を見ていた。
その目は、もうさっきみたいに警戒していなかった。
しばらく他愛もない話をして、笑って、騒いで。
まるで最初から何も隠していなかったかのように、時間は流れた。
やがて俺たちは立ち上がる。
北実「また来るよ。」
そう言うと、
蘭奈「はい、いつでもどうぞ。」
蘭奈が柔らかく笑った。
羽論「次こそはロケット当てる!」
凛奈「当てなくていい!」
凛奈のツッコミが店内に響く。
最後に振り返ると、五人は並んで手を振っていた。
ただの喫茶店の店員として。
俺たちは店を出た。
寮に戻ると、扉を開けた瞬間に騒音が飛んできた。
米太「Hey! どこ行ってたんだよー!」
嗣行「…うるさい。」
嗣行が本を閉じもせずに言う。
廉蘇「おいおい。うちの息子は冷たいねぇ〜」
廉蘇がにやりと笑う。
廉蘇「嗣行、もう少し愛想持てよ。」
嗣行「必要ない。」
即答。
嗣行「お前のほうが必要だろ、クソ親父。」
廉蘇「喧嘩売ってんのか?」
早速火花が散る。
宮雷「やめてよ、室内だよ?」
宮雷が穏やかに割って入る。
宮雷「家具が壊れちゃうよ…」
「そこ?」と空斗が笑う。
日和が駆け寄ってきた。
日和「ねえねえ、何かあった? 恋バナとかないの!?」
日向「残念ながらありませんよ。」
日向が即答すると、
日和「えー! つまんない!」
清雨「つまらないのはお前の発想アル。」
清雨が腕を組む。
清雨「情報共有なら合理的に話すアルよ。」
海斗「合理的って言いながら、お前も好奇心丸出しだろ。」
海斗が冷静に突っ込む。
湾海は静かに微笑んだ。
湾海「無事でよかった。」
その一言で、少し肩の力が抜ける。
翡翠が走ってきて、
翡翠「キタミさん、今日なにしたの?」
と無邪気に聞く。
陸斗がすぐに隣に立つ。
陸斗「走るな、転ぶぞ。」
完全に保護者だ。
太希「誰か明日の話は聞いたか?」
太希が真面目な顔で言った瞬間、
ちょうど扉がノックされた。
エイラ「失礼します。」
入ってきたのはエイラだった。
相変わらず丁寧で、柔らかい笑顔。
エイラ「皆さん、お揃いですね。ちょうどよかったです。」
自然と場が静まる。
エイラ「明日の依頼についてご報告があります。」
少しだけ、間を置いて。
エイラ「明日は、王都から少し離れた森へ向かっていただきます。」
森。
その単語に、何人かが顔を見合わせる。
エイラ「この前とは別の森です。規模も広く、魔物の生息数も多い場所になります。」
空斗「また森か…」
空斗が肩をすくめる。
南実「前は見事に三人ずつバラバラになったよね…」
南実が苦笑する。
陸斗「あれは地形が複雑だったからだろうな。」
陸斗が腕を組む。
陸斗「今回は隊列を維持する。分断は避ける。」
軍人みたいな口調に、翡翠が「タイレツ?」と首を傾げる。
琉聖「はぐれないようにするってことだよ!」
琉聖が優しく説明する。
やはりあの2人は歳が近い分仲が良い。
叶英「森ですか……」
叶英が不敵に笑う。
叶英「私の華麗な立ち回りが見られるというわけですね。」
愛蘭「調子に乗らないでよ。」
愛蘭が即座に言う。
愛蘭「前もぼくの足引っ張ってたでしよ?」
叶英「はい?」
愛蘭「事実じゃん。」
睨み合い開始。
利亜「また始まったんね。」
利亜がけらけら笑う。
零王「森とか楽しそうなんね!」
那知「楽しむ場所ではないだろう。」
那知が髪をかき上げる。
那知「私が傷つくわけにはいかないからな。」
廉蘇「誰も守らねぇよ。お前みたいな危なっかしい奴は。」
廉蘇が鼻で笑う。
那知「お前が一番危なっかしいだろう。」
廉蘇「…喧嘩なら買うぞ?」
那知「上等だ。」
火種増加。
枢臣「……はぁ。」
枢臣が額を押さえる。
枢臣「とにかく、森は視界が悪い。連携を重視するべきだ。」
冷静な分析に、海斗が頷いた。
零王が両手を上げる。
零王「ピクニックみたいでワクワクなんね!」
帝偉「ピクニックじゃないだろ…」
帝偉が呆れる。
帝偉「魔物狩りだ。」
紅葉「嗣行兄様のためにがんばる!」
紅葉が小さく拳を握る。
加奈登はふわっと笑う。
加奈登「森って、木がいっぱいで気持ちよさそうだねぇ。」
米太「That’s right! Forest adventure!」
米太がまた飛び跳ねる。
嗣行「だから跳ねるなって。」
嗣行が低く言う。
嗣行「床が抜けるだろデブ。」
米太「抜けねぇよ!…って、誰がデブだ!」
エイラは、そんな騒がしい空間を優しく見回してから言った。
エイラ「申し訳ありませんが、私は…別件の用事があり、今回は同行できません。」
少しだけ、残念そうに微笑む。
エイラ「ですが、皆さんならきっと大丈夫です。」
その言葉に、空気が少し引き締まる。
森。
王都から離れた場所。
前とは違う森。
何が出るかもわからない。
だが──
行くしかない。
陸斗「準備、しておけ。」
陸斗が短く言う。
俺は小さく息を吐いた。
明日は──森だ。
ゼイン・オルヴァンside
桃影のサーカス団、本拠地。
天井からぶら下がる赤と黒の布が、ゆらりと揺れる。
ラフレン様は客席の背もたれに逆さに腰掛けながら、くすりと笑った。
ラフレン「明日だってさ。勇者パーティー、森に行くみたいだよ?」
俺は無言で頷く。
ゼイン「……確認済みです。王都から南東、旧討伐区域。魔物はそこそこ強いですが、勇者たちなら問題はないでしょう。」
ラフレン「うんうん、問題ないよねぇ。だからさ──」
ラフレンはふわりと飛び降り、軽く回転しながら言った。
ラフレン「遊ぼうか。」
その一言で、空気がわずかに変わる。
ゼインの目が細くなる。
ゼイン「……本気ですか?」
ラフレン「もちろん本気。だって勇者だよ? 伝説の双子勇者でしょ? 面白そうじゃない?」
くるりとステッキを回す。
ラフレン「ちょっと試してみたいんだよねぇ。どれくらい壊れないのか。」
その声音は穏やかだが、奥に冷たい刃がある。
胸の奥がざわつくのを感じる。
──この人は、本当に躊躇がない。
それが怖い。
けれど同時に、どうしようもなく誇らしい。
ゼイン「では……準備を始めましょう。」
俺は静かに指を鳴らす。
次の瞬間。
空間が、歪む。
サーカス団の劇場部分──円形の舞台、客席、天井幕、その内部にいた団員たちごと、すべてが音もなく消える。
そして。
翌日、勇者パーティーが向かう森の中央。
木々の合間に、唐突に現れる赤黒の巨大な劇場。
森の静寂を裂くように、重厚な建物が置かれた。
内部では団員たちが歓声を上げる。
団員1「わぁ、本当に森の中だぁ!」
団員2「照明調整するよー!」
団員3「血糊はどこー?」
ゼインは深く息を吐く。
ゼイン「……配置完了。周囲への影響は最小限。」
ラフレン様は舞台中央に立ち、くるりと一回転。
ラフレン「完璧だね。」
団員たちが忙しく準備を進める中、俺はラフレン様の横に立つ。
ゼイン「ラフレン様。勇者は……危険です。」
ラフレン「うん?」
ゼイン「万が一の場合──」
ラフレンは笑う。
子供のように、無邪気に。
ラフレン「そのときはそのときだよ。」
そして、ほんの少しだけ声色が落ちる。
ラフレン「壊れるなら、壊れる側が悪い。」
ぞくり、と背筋が冷える。
やはりこの人は。
強い。
狂っているほどに。
だからこそ。
俺は静かに頭を垂れる。
ゼイン「私は、あなたの舞台を整えるだけです。」
敬意。
忠誠。
そして、拭えない恐怖。
けれど胸は高鳴っていた。
勇者。
伝説。
ラフレン様は両腕を広げ、空席の客席に向かって高らかに言う。
ラフレン「さぁさぁさぁ! 明日の主役は勇者様だよ!」
赤い幕が、ゆっくりと下りる。
──開演は、明日だ。
to be continue
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