深夜、フルーユ湖に浮かぶ島。
ヒュージスライムと対峙していた俺・テオ・ネレディの前に突如ナディが現れ、『魔物使い』という非常にレアな称号と、その称号で解放されるユニークスキル【意思疎通】【使い魔契約】を取得したのだった。
スライムに寄り添うように立つナディ。
俺には、ゲーム上の称号『魔物使い』取得イベントでの彼女と重なって見えた。
ゲームにおいてナディのパーティ加入はフルーユ湖浄化後である。
フルーユ湖のボス魔物であるヒュージスライムとはナディがいない状態で戦う形のため、倒してしまう以外の選択肢は無く、倒した後はスライムについての情報は一切分からない。
結果としてゲーム内では『なぜスライムが地中に埋まっていたのか』という謎は一切解明されないままである。
攻略サイトにはプレイヤー達の様々な考察が上がっていて、俺も興味深く読んでいたし、自分自身でも実際にフルーユ湖周辺を調べてみたことだってあった。
しかし推測はあくまで推測に過ぎず、どうやっても答え合わせをするのは不可能。
だが、今の状況はどうだろう。
スライムはずいぶんナディになついているようだし、もしかしたらすんなり謎の答えを教えてくれるんじゃないか……そう思うと、なんだか俺はドキドキしてきた。
とはいえ、まだ困惑&警戒気味なネレディとテオを見るに、謎の解明よりもまず2人を安心させる事が先決だな。
気持ちを切り替えた俺は、ナディにたずねる。
「ナディちゃん、別荘で寝てたはずだよね? なんでここに来たんだい?」
「えっと、おきたらお母さまがお出かけのじゅんびしてるとこだったの。ねたふりしてお母さまとイザベルとのおはなしきいてたら、ここにいくってわかったから、お母さまが出かけてからナディもこっそりお出かけしたんだよ!」
「ナディ、この辺りはとっても恐ろしい魔物だらけなの。偶然無事だったからよかったけれど……万が一魔物に出会いでもしていたら、あなたは怪我どころじゃ済まなかったかもしれないのよ?」
ネレディが少し怒った声で言うと、ナディは胸を張って答えた。
「だいじょーぶ、ナディはにげるの、とくいなの! とちゅうで会ったマモノからも、ちゃーんとにげてきたもんっ!」
「え、ナディが?」
「そういえばナディは【逃走LV3】習得してたっけ。さっきステータス鑑定で見た気がする!」
「ああ……」
一瞬戸惑ったネレディだが、テオの言葉を聞き、納得したような声を出す。
スキル【逃走】は一定回数以上逃げ回り続けることで習得でき、そして習得後はさらに逃げ続ける事でレベルアップしていく。
俺は最初にナディと会った時の様子を頭に浮かべつつ、あんな風に毎日ジェラルド達から走り回って逃げていれば、そりゃ【逃走】もLV3になるよなと、黙って大きくうなずいた。
「……それでね、とおったみちを思いだしながら歩いてたら、お母さまたちのこえがきこえて、そっちにはしったの。そしたら、はいいろのモヤモヤがなくなって、この子がないてるのがみえたんだよ!」
と言いながら、ナディはスライムを撫でた。
慌てて武器を構え直すネレディとテオ。
「ちょ、ちょっと、下手に触ったら危ないわよ!」
「あぶなくないよっ♪ ねー?」
ナディの言葉に同意するように、スライムは斜めにひょいっと傾く。
「危ないわ! ナディ、早く離れなさい!」
「相手は魔物なんだぞ?!」
警戒を強めるネレディとテオ。
怯えるスライム、ばっとスライムをかばうナディ。
俺は急いでネレディとナディの間に割って入る。
「待ってください、このスライムは大丈夫です!」
「何言ってんだよタクト!」
「上手く言えないけど、こっちに対する敵対心みたいなのが無いというか――」
「そんなの信用できるわけないでしょ?!」
「信用できればいいんですよね?」
「そりゃまぁそうだけど……」
口ごもるネレディ。
その隙に、俺はナディに向かって言う。
「ナディちゃん、スキル【使い魔契約】って分かる?」
「つかいまけーやく?」
首をかしげるナディ。
先程ナディが手に入れた【使い魔契約】は、自らが契約主となり魔物と契約を結ぶことができるスキルだ。
契約可能な魔物は『使い魔契約を心から望む魔物』のみ。
契約を結び『使い魔』となった魔物は『契約主が許可した相手』のみにしか危害を加えられなくなる。また1度結んだ契約は、契約主か契約した魔物のどちらかが死なない限り破棄できない。
そんなゲームでの設定を頭に浮かべながら、俺はナディにも分かるよう、できる限りかみ砕いて説明していく。
「【使い魔契約】はナディちゃんが新しく使えるようになったスキルで……簡単に言うと、魔物と約束するスキルなんだ。約束はナディちゃんが『良いよ』って言った相手以外は攻撃しませんって内容で、これを使って約束すると、スキルの効果で絶対に約束を破れなくなるんだよ」
説明が終わるか終わらないかのうちに、ヒュージスライムが必死そうにぴょんぴょん飛び跳ねはじめ、その動きを見たナディが通訳する。
「『やくそくするっ、するする!』っていってるよ!」
「ん? もしかしてスライムは、俺達の言葉を分かってるのか?」
スライムはぷるっと縦に震え、ナディは「『わかるよー』だって!」と通訳。
俺は「そうか」と小さく受けてから、ネレディ達のほうを向く。
「スキルで契約するなら、信用してもらえますよね?」
「え、ええ……」
「まぁそりゃ……」
契約を交わすことで行動を制限するスキルは他にも多数あり、ゲームでは商売や国交の重要な場面でもよく使われているという設定だった。
そのため俺は【使い魔契約】さえちゃんと結べばネレディ達は黙るだろうと踏んでいたのだ。
ゲーム中でナディが【使い魔契約】を使う時のモーションやセリフを思い出しつつ、俺は話を続ける。
「まず、スライムの名前って分かるか? 契約に必要なんだ」
スライムは何かを伝えるようにもぞもぞ動く。
「え? おなまえ、ナディがつけていいの??」
こくんとうなずくスライム。
「そっかー! じゃあ…………スライムだから、スゥ! どう?」
スライムは嬉しそうに大きく飛び跳ね、その様子にナディも笑顔になる。
「じゃ【使い魔契約】の使い方を教えるから、その通りにやってみてくれる?」
俺の言葉に、ナディは元気に「はぁい!」と答え、スライムも同意するように体を伸ばす。
「まずナディちゃんは、スライムを手で触って」
スライムとナディは向かい合い、そしてナディはゆっくりとスライムに触れる。
「で、さっき言った内容の約束を頭に浮かべて、しっかり集中して、大丈夫だって思ったところで『使い魔契約、スゥ』って言うんだ。それで完了するはずだから」
スライムのほうを見つめるナディ。
心なしかスライムもナディを見つめている気がする。
数秒間お互いに見つめあった後、ナディがおもむろに口を開いた。
「……つかいまけーやく、スゥ!」
ナディの手の辺りからキラキラ光る粒子が現れてナディとスライムを包み込み、ややあってからフゥッと消える。
恐る恐るたずねるネレディ。
「……どうなったの?」
「えっと……」
俺はナディを鑑定してみる。
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名前 ナディアンヌ・ロワ・フォートリエ・トヴェッタリア
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■スキル■
意思疎通LV1、使い魔契約LV1(契約中の魔物:スゥ)、逃走LV3
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「……スキル欄の【使い魔契約】のところに『契約中の魔物:スゥ』って文字が入ってるんで、無事に契約完了してますね」
ネレディとテオは、ホッとしたように武器をおろしたのだった。