テラーノベル
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夏のそよ風が吹いた。
涼しげな風は髪を揺らし静かに教室に溶けていった。
窓の外を眺めながら、私はぼんやりとその風を感じていた。
すると、予鈴が校舎に響く。
担任は教科書を閉じながら言った。
「今日はここまで。また次回、この続きからやるぞ」
そう言い残し、教室を去った。
途端に騒がしくなる教室。
椅子を引く音。
友達同士の笑い声。
部活へ向かう足音。
そんな中、一人だけ動かない人がいた。
窓際の一番後ろの席。
白いカーテンが揺れるたび、その横顔が見え隠れする。
朝倉結衣。
私の幼なじみだった。
「帰らないの?」
声を掛ける。
結衣は窓の外を見たまま笑った。
「もう少しだけ」
その笑顔は昔と変わらない。
なのに、どこか儚かった。
私はその理由を知っている。
結衣は病気だった。
治らない病気。
余命は、もう長くない。
最初に聞いた時、私は何も言えなかった。
何を言えばいいのか分からなかった。
頑張れなんて言えない。
大丈夫なんて無責任なことも言えない。
だから私は、何も言えなかった。
それが今でも悔しい。
「ねぇ」
結衣が口を開いた。
「もし私がいなくなったらさ」
心臓が痛む。
聞きたくない。
でも耳を塞ぐこともできない。
「ちゃんと笑ってね」
私は思わず顔をしかめた。
「嫌だよ」
「即答だね」
結衣がくすりと笑う。
「だって嫌だから」
言葉が震えた。
「いなくならないでよ」
沈黙。
風だけが二人の間を通り過ぎていく。
やがて結衣は空を見上げた。
「私もね」
静かな声だった。
「もっとみんなといたかった」
その言葉が胸に刺さる。
どうして。
どうして結衣なんだろう。
優しくて。
誰よりも頑張っていて。
未来があったはずなのに。
「でもさ」
結衣は笑った。
「後悔はあんまりないんだ」
私は驚いて顔を上げた。
「どうして?」
「だって」
結衣は私を見る。
夕陽が差し込み、その瞳を橙色に染める。
「君に出会えたから」
言葉を失った。
泣きそうになる。
けれど結衣は困ったように笑った。
「だから泣かないで」
「まだ泣いてない」
「顔が泣いてる」
その言葉に思わず笑ってしまった。
結衣も笑う。
二人で笑う。
それが、とても幸せだった。
夏は過ぎていく。
時間は残酷なくらい止まらない。
そして。
その日もやって来た。
病室の窓から見える空は青かった。
私は結衣の手を握る。
結衣はゆっくりと目を開けた。
「来てくれたんだ」
「当たり前」
「そっか」
小さく笑う。
そして。
最後に、こう言った。
「ありがとう」
その一言だけだった。
それなのに。
その一言だけで。
涙が止まらなかった。
数年後。
私は高校を卒業し、新しい道へ進んでいた。
辛いこともある。
逃げたくなる日もある。
それでも。
夏の風が吹くたびに思い出す。
あの日の教室。
窓際の席。
優しい笑顔。
そして。
最後に聞いた声。
私は空を見上げる。
青い空の向こうへ。
「青空綺麗だね……。、、ちゃんと笑ってるよ」
風が吹いた。
まるで返事をするみたいに。
だから今日も前を向く。
君から貰った声が。
今もずっと、私の中に届いているから。
コメント
1件
うわあ…読み終わったあと、しばらく動けなかったよ…😭💔 「君に出会えたから」って結衣が言ったところ、心臓ぎゅってなった…。 “まだ泣いてない”“顔が泣いてる”の掛け合い、好きすぎて反芻してる。 最後の「ちゃんと笑ってるよ」からの風の返事、美しすぎてもう無理… 余命ものなのに温かさが勝ってて、すごく丁寧で優しい作品だと思いました。Minさん、素敵な話をありがとうございます🌸✨
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