一人残った俊は、箱の中の鉱物を見ながら思わず心の中で叫んでいた。
(貴重な鉱物がいっぱいある.
これは普通の人が見たらただの石ころにしか見えないだろうが、専門家が見たらかなり希少な石が含まれている。凄いぞ…)
その中には、今では採取不可になっている場所の希少な石や、今では全く採れなくなってしまった珍しい石もあった。
とにかくここには日本全国の珍しい鉱物が勢ぞろいしている。
俊の大学にもなかったような石、本の中でしか見た事がなかった石が目の前にあるので俊はかなり興奮していた。
俊は感動しながら、その鉱物類を一つ一つ手に取り眺めていた。
リビングに戻った雪子は、時計を見てふと考えた。
朝、ゆっくりモーニングを楽しんで戻って来た後、俊がアルバムをじっくり見ていたので時間がもうお昼を回っていた。
あの様子だと、あと1時間くらいはあの部屋から出て来ないのではないか?
そうしたらさすがにお腹が空いてくるだろう。
雪子はとりあえず、炊き込みご飯の材料を炊飯器にセットし早炊きモードで炊き始めた。
買い置きの鮭の粕漬をすぐ焼ける状態にしておき、あとは昨夜の煮物の残りを温める。
そして豆腐となめこの味噌汁を手早く作った。
もし俊が昼食を食べて行くと言ったらすぐに出せるよう準備した。
昼食の準備は終わったが、それでも俊は戻って来る気配がない。
それほど、父の鉱物類は希少なものなのだろうか?
雪子が書斎を覗きに行くと、ちょうど俊が立ち上がったところだった。
「夢中になってしまってすみません。希少な鉱物類ばかりだったので、つい本気で見入ってしまいました」
俊は照れながら言った。
「いえ、喜んでいただけたなら良かったです」
「これは絶対捨てないで下さいね。もし捨てる時は私が譲ってもらいますので」
俊が真剣な表情で言ったので、雪子は微笑んで頷いた。
「なんかすっかり長居してしまってすみません。折角お休みのところを。そろそろ失礼します」
「もしよかったら、お昼を召し上がっていきませんか? 時間ももうお昼をだいぶ過ぎていますし」
「いいんですか?」
「はい。残り物でよければ」
雪子はニッコリ微笑むとリビングへ向かった。
雪子の後ろをついて行きながら俊は嬉しそうだ。
「もうちょっとお待ちいただけますか? ソファーで寛いでいて下さい。今準備しますから」
雪子は入れ直したお茶をテーブルの上に置く。
「ありがとう」
俊はソファーに腰かけると、またアルバムを手にしてページをめくった。
雪子はキッチンへ戻ると、すぐに粕漬を焼き始めた。
炊き込みご飯はもう炊けているようだ。
味噌汁を温めながら、煮物を器に盛りつける。
そしてテーブルセッティングを素早く終える。
魚が焼けると炊き込みご飯と共にテーブルへ運び、最後に味噌汁と豆鉢に入れた漬物を持って行った。
「用意が出来ましたのでどうぞ」
テーブルに並んだ美味しそうな料理を見て、俊は感動していた。
短時間でパッとこれだけ用意出来るのは素晴らしい。
湯気が立つ味噌汁や美味しそうな炊き込みご飯を見ていると、なぜか懐かしさを覚えた。
その時俊は、子供時代に母親が作ってくれた料理を思い出していた。
「美味しそうだ」
「残り物ですが」
雪子が恥ずかしそうに言った後、二人はいただきますと言って食べ始めた。
食事をしながら、2人はもしここがカフェになったらという話で盛り上がった。
庭には絶対ウッドデッキは欠かせないという話や、8畳間を2つ繋げる案を雪子が出すとそれがベストだねと俊が言う。
トイレや厨房部分については少し改良が必要だなという話もした。
雪子は俊と向かい合っていると、この家に父と息子以外の男性がいる事が不思議だった。
それも平日の昼間にこうして一緒に昼食を食べているのだ。
それが少し違和感があるような新鮮でもあるような、何とも言えない気分だった。
雪子が離婚をせずにもし今でも夫と一緒だったら、きっとこういう光景は当たり前だったのだろう。
このシチュエーションに違和感を持つという事は、それだけ長い間独りでいたという事を実感させる。
そして雪子は非日常なこの感覚を少しでも楽しもうと思った。
独りでいる事に慣れ過ぎていた雪子にとってこの一時的な賑やかさも、後で思い出せばきっと良い思い出になるだろう。
そう思いながら今この瞬間を楽しむ事にした。
食後のお茶を飲んだ後、俊は帰って行った。
とりあえず、俊はカフェを開く時の見積もりをざっと出してくれると言っていた。
その予算が非現実的でなければ、雪子は店をやってみようと思っていた。
例えそれが失敗に終わったとしても、後悔はしないと決めた。
一度だけ自分にチャンスを与えよう。
今がそのチャレンジに最適な時期のように思えた。
雪子は新しい世界へ足を踏み入れる高揚感で胸がドキドキしていた。
それと同時にワクワクもしていた。
そして雪子は鼻歌を歌いながら気分良く昼食の後片付けを始めた。
コメント
3件
時間を忘れ 鉱物に夢中になっている俊さん.... そして、彼をのんびり待ちながら 残り物でパパッと昼食の準備をする雪子さん。 二人とも肩に全然力が入っていなくて、自然体でとってもいい感じ🍀✨ カフェのプランを練りながら、さらに愛が深まっていくと良いなぁ~👩❤️👨❤️
お互いに素に近い状態で接してる感じがする。無理せず、自然に任せて。 でも俊さんはその中で虎視眈々としているのがなんともいい。 これが50代の恋愛の始まりなのか…(*˘˘*).。.:*
雪子さんは俊さんがお父さんの鉱物のコレクションの価値や大切さをしっかりとわかって見てくれてることに感動してたんだろうな🥰❣️ そんな俊さんだからお昼のおもてなしやカフェの見積もりもお願いして可能であれば実行する気になったんだよね。 これが元夫だったら雪子さんは過去の思い出があっても元夫が雪子さんの人となりを認めていたとは思えない…🙀 雪子さんは人を大切にして頼って夢を現実にして🥰👍💕